3. QRコード決済の仕組みと動向

中国で爆発的に普及したQRコード決済の代表格がAlipayとWeChat Payである。中国では2002年に銀聯が登場するまで、銀行に口座を開設すると当該銀行または口座を開設した支店でしか入金・出金ができないことが一般的であった。中国の金融・決済分野を監督する中国人民銀行が2002年に主要銀行と共に銀行間ネットワークとして銀聯を設立し、法律で全銀行に接続を義務付け、銀行間の円滑なデータ授受を可能にした。それによって消費者は他の銀行からでも自己の銀行口座の預金を出金することができるようになった。そして銀行間ネットワークに誤ったデータを流すことの無いように義務付けられ、その証明として各銀行が発行する銀行カードの右下に銀聯マークが表示されるようになった。故に銀行口座を持つ中国国民は必ず銀聯カードを持っている。銀行カードとしてデビットカードとクレジットカードが定義され、加盟店手数料も例えば生活用品は0.38%などと法律で決められたiv。後発のAlipayやWeChatpayの加盟店手数料が安い背景には、彼等がリアルの加盟店に決済サービスを展開する以前に、国が法的に整備した安い加盟店手数料があったため、それよりも安くないと加盟店が受け入れてくれないという事情があったのだv。

Alipayは当初、中国最大のECサイトであるアリババグループのエスクローサービスとして誕生した。オンラインショッピングをした消費者は先にお金を払うと商品が届かないかもしれず心配、販売店は先に商品を送るとお金を払ってもらえないかもしれず心配で、売買が活発化しない。そこでサイト運営者のアリババが消費者から代金を預かり、商品が到着したことが確認できたら販売店に代金を支払う仕組みを開始する。これがエスクローサービスである。やがてこのサービスは、消費者がタオバオなど中国最大のECサイトを傘下に持つアリババのさまざまな店で買い物をするのにあたり、買い物の度にいちいちアリババに代金を支払うのではなく、アリババのアカウントにある程度まとまったお金を入れておき、買い物をしたら「次はこの店にいくら払って」と指示すれば支払ってくれる決済サービス「Alipay」に発展する。そしてさらに、オンラインショッピングではIDとパスワードを入力して支払い指示をしていたのが、リアルの店舗でQRコードでトークンIDを連携してAlipayのアカウントの代金で買い物ができるモバイル決済サービス「Alipay Wallet」へと進化した。同様に、中国最大のSNSサービス「WeChat(微信)」では、主にゲームやスタンプのようなデジタルコンテンツの購入に使われた決済サービス「テンペイ」が、リアル店舗ではQRコードで決済する「WeChat Pay」へと進化。AlipayとWeChat Payは、自社サイト傘下の加盟店に大胆な割引を提供させたり、独身の日にスーパーセールを展開したり、Alipay、WeChat Pay自身も先行投資的に原資を負担して羽振りのいい割引を展開して利用を拡大。さらには、Alipayで沢山買い物をしたり高級品を購入したり、信頼できる交遊関係があったりすると個人の評点が上がる「芝麻信用」といった個人評点サービスや、傘下の配車サービスを利用すると降車時の支払行為が不要で自動的に支払いが完了するサービス連携決済などを展開。ATMにさえ偽札が入っているといわれる中国の現金事情を尻目にQRコード決済が爆発的に普及した。その様子は日本の報道でもたびたび取り上げられ、QRコードを使った決済サービスを展開すればキャッシュレスが普及するかのような認識が広まっていったが、果たしてそうなのだろうか。

QRコード決済には、店に端末が無くても、客が自らのスマートフォンで、店頭に紙で貼られたQRコードを読み取り、金額を入力してスマホアプリの支払いボタンを押せば支払いが完了するMPM(Marchant Presented Mode)という方式がある。中国には屋台のような簡易な作りの店が沢山あり、端末不要で現金の受け渡しも発生せず販売代金の授受ができるMPM方式は、店側の代金受取業務の効率化にもつながり大変便利で、偽札を掴まされる心配もないことから、爆発的に普及した。スマホは非接触IC搭載機種でなくてもほとんどのスマホ機種にカメラ(QRコード読取り用)とモニター画面(QRコード表示用)があるため機種を選ばずどのスマホでも使える点も大きな特徴である。そのように誰もが使えるQRコード決済によって、キャッシュレスは爆発的に普及した。

中国の報道番組で、支払客のQR コードを後ろから撮影して不正使用する犯人の防犯カメラ映像が放映されて話題に。
出所)「中華IT 最新事情Web サイト」より
 

ただし、QRコードは人間の目には何が書いてあるのか分からない模様で一見安全そうに見えるが、機械には簡単に読み取れる文字列であり、数桁のIDを読み取るだけのQRコードは作成も読み取りも非常に簡単なため、中国でも不正使用が多発している。簡単・便利に使えるQRコードは、不正使用犯にとっても簡単・便利なのだ。AlipayやWeChat Payは、QRコードを30秒で変更するワンタイムIDとし、QRコードをクリックすると“Never disclose it to others.”と表示するなどの注意喚起も行っているが、それでも不正使用は増加し、中国政府は利用者の特定を義務付けるようになった。

また、店頭にQRコードを表示して客がスマホで読取るMPM方式では、正規のQRコードの上に不正なQRコードを貼って売上金を横取りする不正使用が多発し、中国政府は利用額の上限を500元に制限することを法制化している。

正規のQR コードの上に貼られた不正なQR コード出所)「サイバーセキュリティメディアThe Zero One」より

 

現金流通量がGDPの2%未満と著しく低く、キャッシュレスが進んだ国として有名なスウェーデンでも、国内ではQRコードを活用した個人間送金が使われているが、BankIDというマイナンバーカードに資産情報を加えたような利用者特定用IDとセットで利用されており、不正使用が起きないような環境が整備されている。昨年末にQRコードのコンサートチケットが表示できず大混乱したニュースがあったように、通信障害も大敵である。

iv 銀聯の加盟店手数料はその後、2016 年9 月6 日に自由化されている。
v 2016 年9 月6 日の96 改訂により加盟店手数料や分配率は自由化されている。

4. 支払方法とインターフェイスは別(組合せ)

日本では「電子マネーは非接触IC」「クレジットカードは接触IC」といったように、支払方法とカード~端末間インターフェイスがセットで考えられ易いが、クレジットカードが磁気カードから接触型IC、さらには非接触型ICへと進化したように、支払方法とインターフェイスは別である。VisaもMastercardも、世界のどの国の金融機関が発行したクレジットカードもデビットカードもプリペイドカードviも、それが磁気カードでも非接触ICでも、1台の加盟店端末でブランド、国、支払方法を超えて共用できる「エコシステム」を整備済であり、後払いか即時振替か前払いかの支払方法に関わらず、磁気カードでも非接触ICでも世界中で共用できる環境を整備している。それは日本も同じであり、各国の金融機関が発行した非接触IC決済を自国で日常利用するユーザーが、日本に来ても同じ非接触ICで買い物をするようになる。それを見越した対応もすでに始まっている。マクドナルドやローソン、イオングループのように、改正割販法のIC対応に際して非接触Type-A/Bにもまとめて対応する流通企業が増えている。

国際ブランド決済はQRコードにも対応している。世界の金融業界でデファクトスタンダードになっているEMV仕様にもQRコード規格があり、例えばシンガポールが国を挙げて整備したQRコードの統一規格「SGQR」にはVisaやMastercard、American Expressなどの国際ブランドも参加する。日本の報道と少し異なるのは、国際ブランドではQRコード決済が加盟店端末の普及していない発展途上地域向けの暫定措置と位置付けられている点である。日本の報道映像もよく見ると、レポーターがスマホのQRコードをかざす端末には非接触IC対応を表すリップルマークの表示がある。SGQRを管理するNETSも、QRコード決済の割合が1%未満であることを公表している。屋台のような端末の無い店では店に貼ったQRコードを客のスマホで読み取って決済、端末設置店や外国人観光客は非接触ICで決済、といった住み分けがされているのだ。

とはいえ、日本でも2018年12月にPayPayが話題となり、ニュース映像で商店街のタコ焼き屋さんが「QRコードを貼っておくだけで、お客さんが勝手に支払いをすませてくれるから、私はタコ焼きを焼いていればよく、お釣りを渡す手間もない。」とその利便性を評価していたように、端末不要でキャッシュレスの利便性を実感できる決済サービスとしてQRコード決済の果たす役割は大きい。数百円の買い物であれば、クレジットカードのように消費者本人が気づく前にカードの盗難を検知して本人に知らせるような行き届いた仕組みは不要といえそうで、低廉なシステムコストによって加盟店手数料を安く抑えたキャッシュレスが推進されれば中小規模小売店においてもキャッシュレスが進みそうだ。

訪日外国人においても、来店客が母国で日常利用する決済サービスに対応した店は、売上高を大きく伸ばす。成田空港近くのGMSではAlipayやWeChat Payが使えることを大々的にアピールしなくても、中国人観光客が店頭のアクセプタンスマークを見つけてAlipayやWeChat Payを使うケースが増えている。PayPayはAlipayと、LINE PayはWeChat Payと相互利用できるQRコードを店頭表示し、中国人観光客の利便性を図ることによる売上拡大も見込んでいる。一方の非接触ICでも、例えば北海道のニセコは雪質の良さが世界的にも有名で、オーストラリアをはじめとした外国人観光客や別荘購入者が増加しているが、地元のスーパーマーケットで非接触IC決済に対応した店とそうではない店とで売上に大きな差が生まれている。

非接触IC決済か、QRコード決済かは、カード(スマホ)~端末間のインターフェイスの違いに過ぎず、導入する小売店の端末事情に加えて、ターゲット顧客によっても選ぶべきインターフェイスが変わる。非接触IC決済はセキュリティが高い一方で非接触ICが搭載されているスマホでしか利用できず加盟店端末も必要、QRコードはセキュリティが緩い一方でスマホに非接触ICが搭載されていない機種でも利用できて加盟店端末が不要という違いもある。Alipayで述べたサービス連携のように、決済サービスは手段として欲しいサービスを利用する行動に溶け込んで存在感を薄めていく方向にあるが、現在はQRコードで展開されるサービス連携は非接触ICでも実装可能であることから、当初はQRコードを使って決済サービスに参入しつつ、加盟店端末の非接触IC対応状況に応じて非接触IC決済に進化させるフェーズ展開も十分にあり得る。

日本の決済は「非接触IC決済か、QRコード決済か」と目前の「インターフェイス」に振り回されがちだが、問題は利用者の使い勝手である。地域や企業グループごとにターゲット顧客の特徴や提供するサービス内容、アライアンス戦略などは異なる筈であり、QRコードか非接触ICか、はたまた生体認証なのかとの「インターフェイス」と、前払い/即時振替/後払いのどの支払方法かを最適に組合せて、簡単・便利・安全に決済できる姿、できればサービス利用の中に支払い行為が溶け込んで、利用者が意識することなく決済が終わっているような消費スタイルの実現が、インターフェイス論議を超えて目指すべきキャッシュレス社会の姿であろう。

vi 日本ではクレジットカードが上陸した1960 年当時は旧銀行法の兼業禁止条項により、銀行はクレジットカードを発行できず各銀行がカード会社を設立して現在に至るが、海外ではクレジットカードもデビットカードも汎用的に使えるプリペイドカードも銀行が発行する国が多い。

カード決済&リテールサービスの強化書より

 

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