2024年5月7日8:00

コロナ禍において日本と同様に東南アジアでも、金融をはじめとしたさまざまな業界でコンタクトレス、そしてオンラインでのサービスが進展した。特にタイを中心としたベトナム、カンボジア、ミャンマーなどのメコン川周辺の国々からなるメコン経済圏の進展は著しい。今回、メコン経済圏の中心国であるタイの金融、決済サービスの進展した街の様子を紹介したい。

安留義孝

QRコード決済の進展

コロナ禍を経てバンコクの街中を歩いてみると、日本以上にキャッシュレス決済が進展していると感じる。感染予防のために店員との接触を避けたい、また紙幣や硬貨に触れたくないという消費者のニーズに応えた結果であろう。スーパーマーケット、コンビニ、そして個人商店は言うまでもなく、屋台でもキャッシュレス決済が可能である。さすがに個人商店や屋台ではクレジットカードやデビットカードは利用できないが、ほぼ全ての個人商店や屋台でPrompt Payを利用したQRコード決済を導入しているといっても過言ではない。 

Prompt Payとは、2016年にサービスインした、タイ中央銀行が提供する銀行口座と紐付いた携帯電話番号か身分証明書番号(日本のマイナンバーに相当)だけで送金ができる個人間送金サービスである。送金手数料は送金額が5,000バーツ(約2万円)までは無料で、最大でも送金額が10万~20万バーツ(約40万~80万円)の場合で、10バーツ(約40円)に過ぎない。Siam Commercial BankやKasikorn Bankなどの大手銀行が提供するモバイルバンキングアプリにもPrompt Payが搭載されていることもあって、すでにタイの人口の約80%の5,680万人(2021年3月時点)が利用している。Prompt Payは個人間送金だけではなく、個人商店や屋台での少額決済でも利用されている。個人商店や屋台の店主が銀行口座を保有していれば、タイ中央銀行や民間銀行、決済事業者などと個別に契約する必要はなく、QRコードを作成、印刷して、店頭に表示しておけば、Prompt PayでのQRコード決済を提供できる。決済金額が5,000バーツ(約2万円)以下であれば、消費者も店舗も手数料はかからないので、個人商店や屋台で取り扱う商品であれば、手数料はほぼ無料と考えてよい。初期投資、そして手数料が無料ということもあり、コロナ禍でのコンタクトレスを求める声とともに、バンコクの街でPrompt Payを利用したQRコード決済が急速に普及したと考えられる。

屋台のQRコード(Prompt Pay)

オープンループの導入

バンコクの街のキャッシュレス決済の進展はPrompt PayによるQRコード決済だけではない。2022年にVisaやMastercardなどのタッチ決済でバンコクの地下鉄MRTに乗車ができるオープンループが導入され、タッチ決済可能なクレジットカードやデビットカードを持っていれば、わざわざ券売機や対面のカウンターでトークン(乗車券代わりのコイン型のプラスチック製チケット)や専用ICカードを購入する必要はなくなった。タイの15歳以上のクレジットカード保有率は10%程度に過ぎないが、銀行口座保有率は90%を超え、キャッシュカードにはデビットカードも付帯するため、MRTにタッチ決済で乗車できる人はそれなりの数に上る。私もバンコクの繁華街付近のSukhumvit駅で普段使いのクレジットカードを利用し、券売機の長蛇の行列を回避することができた。またバンコクに限らず、外国の券売機の操作方法はわかりにくく、対面の場合では言語の問題があるため、オープンループは外国人観光客にとっても非常に便利な仕組みといえる。微笑みの国の国際都市バンコクらしく、外国人観光客に優しい取り組みと感じる。

さらに、私はまだ利用していないが、バンコクの他の主要交通機関であるバスや船でもオープンループの導入は進んでいるとのことである。

すでにバンコクでは、現金を持ち歩かなくても、モバイルバンキングアプリ(Prompt PayによるQRコード決済)、そしてクレジットカード、もしくはデビットカードを持っていれば、何不自由なく、日常生活の基本である「食べる」、「買う」、「移動する」ことができるだけのキャッシュレス決済の環境が整っている。

Sukhumvit(スクンビット)駅の改札機
(オープンループ)

デジタルバンクの台頭

バンコクの街は決済だけではなく、銀行の姿も変化をはじめている。2020年10月にLINEがKasikorn Bankと提携し、LINE BKを開業した。Kasikorn Bankの店頭ではLINEのキャラクターであるブラウンと仲間たちが迎えてくれる。なお、タイのLINEユーザーは5,300万人(人口6,600万人の約80%が利用〈2022年1月時点〉)で、日本に次ぐユーザー数である。主なサービスは普通口座、貯金口座、特別金利口座、デビットカード、Credit LINE(個人向けローン)となるが、口座開設から各種申込みまですべてがスマホだけで完結する。なお、LINEはタイ以外でも、多くのユーザーを持つインドネシアではPT Bank KEB Hana Indonesiaと、台湾でも富邦銀行とともにLINE Bankを開業している。

さらに、ショッピングモールなどで、TMRWの派手なKiosk端末を見かけることがある。TMRWはシンガポールのUOB(United Overseas Bank)が東南アジアで展開するデジタルバンクであり、この端末は口座開設時に本人確認や指紋登録などを行うための装置である。なお、TMRWのモバイルバンキングアプリは、貯金額に応じて街が成長するなど、若者を引きつける工夫が多数施されている。

LINE BK、TMRWとも、ミレニアル世代、Z世代の顧客を開拓するために、デジタルサービスを強化。さらには老舗のKasikorn Bank、UOBという伝統的な銀行の古めかしい、堅苦しい、敷居が高いというマイナスのイメージを払拭すべく、異なるブランドで展開していると思われる。 

日本の三井住友銀行のモバイルサービスのOliveは、機能、操作性、デザインは言うまでもなく、それ以上にOliveという親しみやすいブランドを確立できたことが大きな成功要因と思われる。従来の金融機関が今後の消費の中心となるミレニアル世代、Z世代などに受入れられるためには、新たなブランドの確立も必要なのかもしれない。

Kasikorn Bank店頭のLINE BKの看板
TMRWのKiosk端末

銀行もフードデリバリーに参入

さらに、従来の銀行らしくない取り組みもはじまっている。伝統的な銀行であるSiam Commercial Bankが子会社を通じてRobinhoodのブランドでフードデリバリーに参入している。バンコクの街中ではSiam Commercial Bankのコーポレートカラーの紫色も一部入ったRobinhoodのユニフォームを着たドライバーが渋滞の中を走り抜けている。

もともと、タイのフードデリバリー業界は2つの大きな課題を抱え、Siam Commercial Bankはその解決のために、フードデリバリーに参入した。1つ目の課題は手数料の高さの解消である。競合他社の配達手数料は商品代金の20~30%程度で、飲食店にとっては大きな負担となっていたが、Robinhoodは初期費用、そして配達手数料も無料としている。当然、ユーザーからも配達手数料を徴収することはない。もう1つの課題は入金サイクルの迅速化である。競合他社は配達後約1カ月程度後の支払いとなるため、飲食店は資金繰りに苦慮していたが、Robinhoodはユーザーからの入金後1時間以内に飲食店に商品代金を支払う。

なお、Siam Commercial Bankは手数料収入が見込めず、メリットがないように見えるが、ボランティアでRobinhoodを運営しているわけではない。Siam Commercial BankはRobinhoodを介して、飲食店への融資の機会を得ることができるのである。またSiam Commercial BankはRobinhoodを通じて飲食店のリアルな販売状況や経営状況を把握でき、融資の際には審査にも利用できる。さらに融資を受けるために、Robinhoodと取引を開始する飲食店もあり、Siam Commercial Bankは時間と手間をかけずに新規の優良顧客を開拓している。

日本でもデジタル専業銀行が開業し、異業種もBaaS(Banking as a Service)を利用してネオバンク(銀行ライセンスを持たず、バンキングサービスを提供)として、バンキングサービスの提供をはじめ、金融業界の生き残り競争も激しくなっている。今後は伝統的な銀行も含めて、単なるバンキングサービスを提供するだけではなく、銀行は顧客を集めるために、パートナーのサービスとマッチングするプラットフォームへ進化するなどビジネスモデルの変革も必要となるだろう。

Robinhoodのドライバー
 

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