2017年4月20日8:00
日本でも現金を小売業のレジなどで引き出すキャッシュアウトサービスの導入に向けた検討が進められている。キャッシュアウトサービスの概要、実現に向けての課題やメリットについて、野村総合研究所 金融ソリューション事業二部 上級コンサルタント 宮居雅宣氏に説明してもらった。
野村総合研究所 金融ソリューション事業二部 上級コンサルタント 宮居雅宣
(1)デビットカードの「キャッシュアウトサービス」とは
2016年12月28日、金融庁は昨年の通常国会で成立した改正銀行法の施行に伴い「銀行法施行令等の一部を改正する政令等(案)」を公表し、2017年1月27日を期限としてパブリックコメントを募集。デビットカードの「キャッシュアウトサービス」をATM等の外部委託の規定に追加する整理が盛り込まれた。
デビットカードの「キャッシュアウトサービス」とは、小売店のレジから銀行口座の現金を引き出すサービスである。デビットカードで買い物をする際に、カード利用者は買い物の代金とは別に必要な金額を店員に伝え、購入商品と一緒にレジから現金を受け取り、合計額をデビットカードで支払って銀行口座から自動振替することで、銀行窓口やATMに行かなくても買い物のついでに現金を得ることができる。
金融庁の金融審議会「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」の議事録にも「銀行業界としてずっと以前から要望していた」(注1)と記載され、2015年12月の最終報告書にコンビニエンスストアやスーパーのレジで「キャッシュアウトサービス」提供を可能にするよう整理すべきとの提言が盛り込まれると、「金融庁はレジだけでなく宅配業者やタクシーの支払い時などにも採り入れることを検討している」「みずほ銀行は法整備を前提に平成29年度からサービスを開始する準備に入った」などの報道がなされた。
もともとデビットカードの「キャッシュアウトサービス」は、英国でデビットカードが始まった1980年代半ばに大手スーパーの「テスコ(Tesco)」がレジの現金を減らして現金取り扱いコストや犯罪に遭うリスクを軽減させることを目的に始めたサービスだ。現金を持ち歩くことを危険と考える消費者側のニーズと合致し、欧米やオセアニアで普及した。欧米では「キャッシュバック」、オセアニアでは「キャッシュアウト」と呼ばれ、デビットカードで決済すると店員が「現金は必要? 10ドル? 20ドル?」と聞いてくることもある。
(2)キャッシュアウトサービス実現の課題
海外でデビットカードは、VisaやMastercardなどの国際ブランドが付いたブランドデビットが一般的だ。日本では1960年頃にクレジットカードが上陸した際、旧銀行法の兼業禁止規定により銀行とは別にカード会社が生まれて独自の発展を遂げたが、海外ではデビットカードもクレジットカードも金融機関が発行する国が多く、使える店や端末、ネットワークなどのインフラも共用で、国際規格(ISO/IEC)に則り世界的な共用インフラが形成されている。リアルの店頭でもインターネットショッピングでも、クレジットカードと同様にデビットカードが使える。
日本でも現在、VisaやJCBがブランドデビットを発行しているが、日本のデビットカードは金融機関が発行済のキャッシュカードで買い物ができる「J-Debit」が発祥である。デビットカードの種類による相違点もあるが、わが国のデビットカードでキャッシュアウトサービスを実施しようとした時は、プレイヤーごとに大きく以下の課題が挙げられる。
①加盟店
レジから現金を払い出す加盟店には、現金を取り扱う手間が発生する。ランチタイムのコンビニが顕著だが、レジスピードの向上は小売店にとって重要な課題であり、キャッシュレスでレジスピードが向上する中、現金の払い出しは重い業務負荷となる可能性が高い。スーパーなどで自動的にお釣りが出てくるレジが増えているのは、レジスピードの向上に加えて現金の数え間違いや内引きの防止が目的だが、そもそもレジに現金が無ければ盗難やミスに遭遇するリスクを激減させることができる。
運転手が襲われやすいタクシー業界では「カードOK」ではなく「カードOnly」にすることで強盗被害を無くしたいとの声も聞かれた。小売店はできるだけ現金を扱いたくなく、レジに入れておく現金額も少なくなっている。
手数料も深刻な課題だ。現在のデビットカード決済データに現金払出金額を識別する機能はなく、加盟店は買い物代金と現金払出額の合計額に対して加盟店手数料を支払うことになる。店の商品が売れる買い物代金には利益が含まれるが、キャッシュアウトする現金には利益は含まれないので、多くの加盟店は取り扱いに消極的となるだろう。米国では、銀行のATM設置コストや現金払出業務の削減と位置づけられており、銀行から加盟店に数セントのキャッシュアウト取扱手数料が支払われるので積極的に取り扱う店は多く、店員が「現金は要らないの?」と聞くのだ。キャッシュアウト取扱店であることが集客の差別要素となる東欧の場合は、現金払出額にも加盟店手数料がかかるようだ。すでにコンビニやスーパー、ショッピングモールや駅構内に数多くのATMが設置済の日本では、キャッシュアウト取扱店になっても集客に寄与する可能性は低く、加盟店手数料もかかるとなると取扱店は増えない可能性が高い。現金払出額を識別するには、決済データの仕様を変更し、加盟店端末、データ授受ネットワーク、カード発行者(銀行)など、関係各所のシステム改修も必要となるため、費用対効果も大きな課題となる。
②カード発行者(イシュア=銀行をはじめとする金融機関)
デビットカードを発行する銀行にも課題がありそうだ。ATM同様にレジで現金を引き出すデビットカード利用者は大切なお客様であり、ATM同様に現金引出金額の問合せに対応できる必要がある。例えば「レジでの受取金額より多い額が口座振替された」との問い合わせを受けた場合に、「デビットカードで買い物した商品内容までは分かりません。故に、当行ではキャッシュアウトの金額は一切分かりません。」との対応でよいだろうか。金融庁のワーキング報告には「現金の引渡しが人の手を介しつつ行われることなどを踏まえ、銀行に対し、監督上、必要に応じ、然るべき体制の整備等を求めていくことが考えられる」とあり、金融庁も課題を認識済で慎重に議論しているものと思われる。
③加盟店契約会社(アクワイアラ)
デビットカードが利用できる小売店と加盟店契約を締結しているのは、ブランドデビットではクレジットカード同様にカード会社、J-Debitでは金融機関と情報処理センターである。情報処理センターとは加盟店とイシュアの間で決済データを授受する事業者を指し、ネットワーク会社やカード会社が含まれるが、実態としてJ-Debitでもカード会社が多くの加盟店と契約締結している。
クレジットカードの場合は改正割賦販売法でアクワイアラに加盟店管理強化が求められる一方で、デビットカードではATM同様にレジで現金を引き出せるのにその額が把握できなくても構わない、というバランスの悪い整理が許されるとは考え難い。となると、やはりデータ仕様に変更は必要で、アクワイアラのシステムや設置端末、ネットワーク会社やイシュアのシステムにも影響する可能性は高く、費用対効果は重要な課題となる。また、現金払出額を識別して加盟店手数料を徴収しない場合は、加盟店手数料が発生しないのでアクワイアラの取り分も見込めなくなり、そもそもアクワイラが対応するメリットが見出せなくなることも根本的な課題となろう。