2023年3月27日8:30
巣ごもり需要で伸びが目立っていた通販・EC 市場は、コロナ禍で成長率が大幅に減少した。そのような中、客足が戻りつつある店舗と勢いが続くネットをつなぐOMO(Online Merges with Offline、オンラインとオフラインの統合)展開や、体験型店舗の出店に乗り出す通販・EC企業が増加した。決済においても、大手プラットフォーマーが新たなクレジットカードを発行したり、百貨店がネット銀行やIT企業と連携したりという動きが見られる。一方で、未曾有ともいえる原材料の値上げや円安の影響が課題として圧しかかっている。
通販研究所 渡辺友絵
巣ごもり需要が一段落し日常衣料や美健雑貨、家具などは伸び悩む
毎年8月にJADMA(日本通信販売協会)が実施する調査によれば、2021年度の通販・EC市場売上高(物販)(表1)は前年度比7.8%増の11兆4,600億円と初めて11兆円台に達した。巣ごもりの影響でEC を軸に通販による購入手法が定着し、市場の伸びを後押ししたとみられる。ただ、伸び率は前年度の特需には及ばず、12.3 ポイント下回った。
直近の市場売上高は、毎年12月に集計し翌年1月に発表される業界紙2紙の数値となる。「日本流通産業新聞」(表2)では前年比8.2%増の10兆7,076億円(売上高は上位511社合計・増減率は比較可能な180社での算出数値)、「通販新聞」では同9.2%増の10兆4,535億円(上位300社合計)となった。いずれも売上高は拡大しているものの、伸び率は前年に及ばず、前者が9.8ポイント、後者が9.9ポイント縮小した。コロナ禍による巣ごもりが一段落し消費活動が徐々にリアルへと回帰した結果、特需だった前年からの反動減を受けたといえる。
市場の成長要因としては、トップのアマゾンは別格としても、例年と同様にミスミグループ本社やMonotaRO(モノタロウ)などオフィス向けのBtoB(Business to Business)企業が20%超の増収を果たすなど伸張。オイシックス・ラ・大地といったリピーターが多い食品通販も好調だった。
一方で、需要がほぼ一巡したため売り上げが落ちるケースも目立ち、コロナ禍による行動制限の時期に好調だった日常衣料や美容健康雑貨、家具・インテリアなどを扱う企業が伸び悩んだ。大手カタログ通販企業やテレビショッピング企業でも減収が目立っている。
楽天やZOZOも「OMO」に参入しショールーミングストアが拡大
コロナ禍3年目に入り少しずつ客足が戻り始めた実店舗を自社のECサイトと連動させ、相乗効果を生み出す動きが顕著になった。2021年に続き衣料業界を中心に拡大したのが、ネットで事前予約した服を指定店舗に取り寄せて試着やコーディネート体験ができ、お気に入りスタッフの指名も可能なOMO展開だ。オンワードやユナイテッドアローズ、アダストリアなどがOMO店舗を相次ぎオープンし、スタッフと1対1でスタイリング提案なども受けられるサービスを展開している。
OMO展開には、実店舗を持たない企業の参入も相次いだ。楽天は2022年12月に新宿マルイに1週間限定でOMO店舗をオープンし、「楽天市場」で扱うファッションやインテリア、キッチン用品、家電製品、食品などを展示。店頭では販売せず、店頭に展示したQRコードをスマートフォンで読み取って楽天市場の商品ページに遷移し、決済する仕組みを取り入れた。
「ゾゾタウン」を運営するZOZOも、2022年12月に初の常設実店舗を都内表参道にオープン。店舗で服は売らず、AIとプロスタイリストの知見を合わせて事前申し込み者に“似合う”服を見つけるパーソナルスタイリングサービスを無料で提供する。得られたノウハウを「ゾゾタウン」やコーディネートアプリに活用し、レコメンドなどのサービス向上につなげるOMO施策に挑戦している。
さらにZOZOはテクノロジーを活用した「ゾゾタウン」出店ブランドのサポートにも注力し、OMO専用のプラットフォーム「ゾゾモ」をローンチ。ブランド実店舗で商品が欠品していても店頭で決済すれば自宅に商品が届くサービスを提供するもので、店舗スタッフ自らが簡単に在庫確認や店頭決済、商品配送手配ができるサポートアプリも開発した。
楽天のOMO店舗と同様に、店内では商品を売らない「ショールーミングストア」もトレンド化した。2021年から目立ち始めていたが、気に入った商品があってもその場では買わずにアプリで注文し決済する手法が加速している。髙島屋は2022年4月にショールーミング専用の「ミーツストア」1号店を髙島屋新宿店2階にオープン。D2Cブランドを中心にバイヤーが選んだ約60社の商品をそろえ、商品に掲示したQRコードで購入できるようにした。
大手カタログ通販企業も積極的で、DINOS CORPORATION(ディノス)は2022年6月、通販カタログの新商品を試着可能なショールーミング型店舗を都内2カ所に期間限定で開設。千趣会も、資本業務提携したJR東日本との協業で、駅ナカや駅ビルなどにショールーミングストアを積極的に出店している。
長期成長を見込んだライブコマース
が第二次ブーム、D2Cも加速
また、先行する中国のように爆発的な拡大には至っていないものの、ライブコマースに乗り出す企業も相次いだ。単なる商品販売にとまらず、顧客との関係性を構築し長期での成長戦略につなげるという考え方で、ライブコマースの第二次ブームが到来しているとの見方もある。
コロナ禍における実店舗の不振をカバーするため地道にライブコマースを続けてきた小売も多く、百貨店の三越伊勢丹、アパレルのアダストリアやベイクルーズ、ビームス、ユニクロ、化粧品の資生堂などで成果が上がっている。各社とも、スタッフによるコーディネートやコンサルティング、ゲストを招いたトークショーなども盛り込み集客を図る。
1,400万人のネット会員を有するアダストリアは2022年7月にスウェーデン製の新たなライブコマースツールを導入し、アプリでのライブ配信を本格スタート。ライブ画面からそのまま商品情報を確認してお気に入りに追加でき、アーカイブ動画の見逃し配信からも購入できるなど、よりスムーズな買い物体験の提供に注力する。
ビームスも、ライブ配信サービス事業者が提供していたプラットフォームを2021年から自社開発システムに切り替えるなど本腰を入れ始めた。従来システムでは、配信中の商品購入にはECサイトにログインし直して決済しなくてはならないなど非効率だったが、内製化によりスムーズな決済につながったという。
製造者自らが企画開発・生産した商品を消費者に直接販売する手法の「D2C」も、競争が激化した。もともとは化粧品やヘアケア、衣料品が中心だったが、2022年は食品も含めさまざまなジャンルへと拡大。こだわりが強く利益率が高い自社ブランドを立ち上げ、ネットだけでなくショールーミングストアやポップアップストアと連動させた展開が目立つ。大丸松坂屋百貨店や髙島屋、阪急、そごう西武といった百貨店が手がけるショールーミングスペースへの出店も加速させるなど、各D2C事業者は新たな顧客層との接点作りや新規取引先の開拓を進めている。
当初は中小のブランドから始まったD2Cだが、昨今ではオンワード樫山やアダストリア、ユナイテッドアローズなどの大手が顧客接点の拡大を目指し参入。ZOZOは、センスがある個人と共にファッションブランドをつくるD2C事業「ユアブランドプロジェクト」に着手した。商品企画や生産、ブランド立ち上げといった全工程を「ゾゾタウン」で培った知見とネットワークを活用して全面的にバックアップするなど、D2Cのサポート事業に注力する。
「Qコマース」やエシカル消費への対応もトレンドに
コロナ禍で定着した“宅配”の勢いに乗って活発になったのが、食料品や日用品を迅速に宅配する「Q(クイック)コマース」だ。「ダークストア」と呼ばれるデリバリー専門店舗を使い最短10分程度で届くうえ、スーパー並みの価格設定のため、子育て世代などを中心に支持が広がった。
中でも、Zホールディングス傘下のヤフーがグループのアスクルや出前館と一緒に手がける「ヤフーマート」と、Qコマース先駆者ともいえるOniGO(オニゴー)が運営する「オニゴー」が代表的といえる。両社とも2021年から事業を開始しており、2022年には都内や千葉県を中心に拠点を拡大している。
注目したいのは、ヤフーマートもオニゴーも相乗効果が見込めるフードデリバリーサービスと連携した事業展開を進めているという点だ。ヤフーマートはアスクルが手がける事業者向けオフィス用品通販「アスクル」に加え、個人向け日用品通販サイト「LOHACO(ロハコ)」の商品調達力や配送ノウハウを活用。さらに「出前館」のフードデリバリー網や顧客基盤、すでに確保する多くの配送員を生かしている。オニゴーは2022年5月から、フードデリバリーサービス「Uber Eats(ウーバーイーツ)」との提携を開始。創業以来自前のダークストア拠点と配達員による自社配送を行っていたが、ウーバーイーツの配送スタッフも起用し既存エリア外の顧客開拓につなげている。
世界各国の動きを受け、SDGs やエシカル消費への対応も目立ち始めた。オルビスは 2022 年 7 月から、グループの全ブランドでショッピングバッグを廃止。日本生活協同組合連合会は、容器包装や段ボールなどコープ商品に使用するすべての紙について見直しに着手した。再生紙や、適切に管理された森林の木材を使用して作られた FSC 認証紙への変更を進めている。
2022年11月には千趣会も、アパレル中心に中古品の宅配買い取りサービス「kimawari(キマワリ)」を本格始動した。自社アイテムだけでなく、他社ブランドやファストファッションアイテム、ノーブランドの商品も買い取る。利用者は段ボールに品物を詰めて集荷を待つだけと、負担を抑えた仕組みで、商品は何点からでも送料無料、査定無料となる。
大手ショッピングモールでも同様の動きが加速し、各社はエシカル消費に特化したモールを開設。楽天の「アースモール」、ヤフーの「エールマーケット」、アスクルが「ロハコ」内に設けた「ゴーエシカル」は、エコマーク認定や環境配慮、オーガニック、災害支援などを基準にした商品やメーカーの廃盤商品などを扱い、いずれも売り上げが好調という。
PayPayやメルカリが新たなクレカを発行
百貨店も金融やポイントサービスを強化
決済面では、大手プラットフォーマーグループによる新たなクレジットカード発行も続いた。2022年11月にはPayPayの子会社であるPayPayカードが、新たに「PayPayカード ゴールド」を発行。年会費は税込1万1,000円と、先行するドコモの「dカード ゴールド」やauの「au PAY ゴールドカード」と同額にし、これで携帯3大キャリアのゴールドカードが出そろった。ソフトバンクやヤフーモバイルの通信料支払いに使うと、最大10%のPayPayポイントが貯まるのが強みだ。また、通信料以外に加盟店で使った場合は、年会費無料の「PayPayカード」に0.5%上乗せした1.5%のPayPayポイントを獲得できる。
メルカリ子会社のメルペイも2022年11月、「メルカリ」の利用実績などで限度額が決まり、アプリで利用と管理が完結するクレジットカード「メルカード」の提供を開始した。「メルカード」や後払い決済サービス「メルペイスマート払い」を利用すると、最大4%のポイントが還元される。グループでは初のクレジットカードで、券面にカード番号や利用期限が印字されないセキュリティ性を重視したナンバーレスカードとなる。
百貨店がネット銀行やIT企業と組み、金融やポイントサービスによる顧客の取り込みを強化する動きも目立った。髙島屋は2022年6月から、住信 SBI ネット銀行の「NEOBANK」を活用した新たな金融サービス「髙島屋ネオバンク」をスタート。専用アプリをダウンロードし口座を開設すれば、住信 SBI ネット銀行が提供する預金や決済、融資などの銀行機能が利用可能となった。さらにSBI証券と組んで子会社の髙島屋ファイナンシャル・パートナーズを通じ、タカシマヤクレジットカードで貯まったポイントで投資信託が購入できるサービスも始めた。
東急百貨店は百貨店のECサイトでは初となる、楽天以外のECサイトでもポイント連携が可能な「楽天ポイント(オンライン)」の導入を2022年10月から開始。「東急百貨店ネットショッピング」サイトに会員登録し楽天 ID と連携することにより、200円(税抜)につき1ポイントの楽天ポイントが貯まるようになった。
原材料価格高騰や円安、
インボイス制度など課題も山積み
2022年の通販・EC 業界に大きな影響を与えたのが、ウクライナ情勢や気候変動、原油価格高騰などに伴う原材料や資材・輸送費の値上がりだ。現在も多くの企業で仕入れコストの上昇に直結する重要課題となっている。各社はコスト抑制に取り組みながらも、最終的な対応策としては商品価格や配送料に転嫁せざるを得ない状況といえよう。追い打ちをかけたのが数十年ぶりとされる円安で、さらなる仕入れコスト増加につながっている。2023年1月から為替はやや落ち着き円高に寄る時期もあるものの、依然として不安定な状況が続く。
2023年10月には、事業者が国に消費税を納める際の新しい仕組み「インボイス制度」も始まる。これまで消費税納入が免税だった中小事業者や個人事業主も、基本的に3月までには「適格請求書発行事業者」の登録申請をする必要が生じる。例えばアマゾンや楽天市場といったショッピングモールの出店者をはじめ、商品納入業者やクリエイティブに関わる個人事業主、通信教育の添削者なども対象となり、通販・ECにおけるBtoB取引に煩雑な影響を及ぼす可能性がある。