2015年10月30日8:32
2014年9月のiPhone 6のリリースに合わせて、翌月の10月にアメリカで満を期してスタートしたAppleのNFCモバイルペイメントソリューション「Apple Pay」は、アメリカに次ぐ2番目の導入国にイギリスを選び、2015年7月よりスタートした。本項では、イギリスにおけるApple Payの展開に加え、モバイルペイメントやコンタクトレスペイメントの取り組みを諸外国との比較も含めて、和田文明氏に紹介してもらった。
イギリスのモバイルペイメント
「Apple Pay」(図表1)を開始したイギリスは、世界に先駆けてクレジットカードやデビットカードなどのペイメントカードとPOSカード決済端末機、ATMのEMV化を成し遂げ、近年急速に「Visa payWave」(図表2)やMasterCardの「MasterCard PayPass(現在はMasterCard Contactless)」(図表3)、American Expressの「Express Pay」(図表4)などのEMVベースのクレジットカードやデビットカードなどによるコンタクトレスペイメント(非接触決済)を普及させている国である。こうしたイギリスは、Apple Payを導入する環境が充分整った国であるといえよう。本稿では、イギリスにおけるApple Payの導入状況をレポートしてみたい。
イギリスでは2011年より、大手金融グループのBarclaysの「Pay Tag」(Barclays Card)や 「Pingit」(図表5)、「Moneto」(図表6)、モバイルフォンキャリアのVodafoneの「Smart Pass」(図表7)、モバイルフォンキャリアのOrangeとT-MobileのジョイントベンチャーであるEE(Everything Everywhere)による 「Cash on Tap」(図表8)などモバイルペイメントの取り組みを積極的に行っている。
●Pay Tag
2012年4月にスタートしたBarclays CardsのPay TagはスマートフォンなどのモバイルデバイスにNFCタグを貼り、近接型のモバイルペイメントを可能にするもので、Visa payWaveのコンタクトレスペイメントが可能なカード加盟店やロンドン交通局の地下鉄やバスなどで20ポンド(約3,800円)未満のPIN(暗証番号)レスのコンタクトレスペイメントが可能。
●Pingit
2012年2月にスタートしたBarclaysのPingitは、専用のモバイルアプリをスマートフォンなどのモバイルデバイスにインストールし、モバイルフォン番号をキーにしてモバイル財布の資金振替を行うことができるリモート型のモバイルペイメントで、資金の振替に際しては写真やメッセージを添付することも可能である。
●Smart Pass
2014年9月にスタートした大手モバイルフォンキャリアのVodafoneのNFCは、モバイル財布に登録されたクレジットカードやデビットカードとリンクしたNFC対応のモバイルデバイスないしSmart PassのNFCタグを貼ったモバイルデバイスを用いて、20ポンド(約3,800円)未満の少額決済をVisa payWaveのPIN(暗証番号)レスのコンタクトレスペイメントのネットワークで行うことができる。また、Smart Passのアプリを用いて、資金振替などによるリモート型のモバイルペイメントも可能。
●Cash on Tap
2013年7月にスタートしたCash on Tapは、イギリスのモバイルフォンキャリア大手のフランステレコム系のOrangeとドイツテレコム系T-Mobileによるジョイントベンチャーである“EE”によって展開されているNFCモバイルペイメントで、20ポンド(約3,800円)未満のPIN(暗証番号)レスのコンタクトレスペイメントが可能である。
こうした中で、今のところAppleのiPhone6など特定のモバイルデバイスに限られるものの、特定の金融グループやモバイルフォンキャリアに限定されないApple Payの展開が2015年7月によりイギリスで開始されることになった。
イギリスのApple Pay
イギリスにおけるApple Payは、アメリカと同様(図表9)にApple関連デバイスで駆動する。Apple Payのペイメントサービスに参加している加盟店でのアプリによるデジタル決済は、iPhone 6、iPhone 6 PlusのスマートフォンならびにiPad Air2、iPad mini3のタブレット端末で行うことができる。ショップなど、カード加盟店でのコンタクトレスペイメント対応のPOSカード決済端末機でのNFCテクノロジによる近接型のモバイルペイメントは、iPhone 6、iPhone 6 Plusのスマートフォン並びにアップルウォッチ(Apple Watch)で可能で、アップルウォッチは、iPhone 5、iPhone 5c、iPhone 5S、iPhone 6、iPhone 6プラスとペアで駆動する。
Apple Payは、コンタクトレスペイメントテクノロジとAppleのモバイルデバイスiPhoneやAppleウォッチ、iPadに組み込まれた都度発番されるダイナミックなセキュリティコードであるワンタイムトークンを用いたセキュリティ対策や指紋認証(アプリによる遠隔決済)などのテクノロジを用いて、セキュアな遠近のモバイルペイメントを可能にしている。ユーザーは、カード加盟店で実際のクレジットカードまたはデビットカードを提示する必要はなく、またApple Payの決済の都度発番されるワンタイムトークンにより、カード加盟店に名前やカード番号、セキュリティコードなどを明らかにすることはないので、実際のクレジットカードやデビットカードを用いたカード決済を行うよりセキュリティ効果が高いと評価されている。
イギリスのコンタクトレスペイメント
イギリスは増大するカード偽造などのカード不正対策の切り札として、10年以上前の2004年頃からクレジットカードやデビットカードなどのペイメントカードや、ATM、POSカード決済端末機などの関連デバイスのEMV ICカード化と“Chip & PIN”(ICカードのよる暗証番号入力)に国をあげて取り組んできた。そうしたイギリスで、低単価のペイメントカード決済をスムーズに行うために、2007年からクレジットカードのみならずオフラインデビットカードやオープンループのオンラインプリペイドカードにVisa payWaveやMasterCard PayPassなどのコンタクトレスペイメント機能の搭載が始まり、世界でクレジットカードやデビットカードなどのコンタクトレスペイメントの取り組みが最も進んだ国の1つとなっている。Apple Payは、こうしたコンタクトレスペイメントネットワークという既存のインフラを活用することができる。
イギリスでは2014年末現在、Visa pay WaveやMasterCard PayPassなどのコンタクトレス機能を搭載したカードが約5,800万枚発行されていて、ATMカードを除いたペイメントカードに占めるコンタクトレス機能搭載カードの割合は36%にも達している。その内訳は、デビットカード3,680万枚(シェア63.4%)、クレジットカード2,120万枚(シェア36.5%)とデビットカードの方が圧倒的に多く、デビットカードのコンタクトレス機能付きカードが占める割合は約38%で、クレジットカードの33%を5ポイント上回っている。
今回イギリスでスタートしたApple Payは、未だコンタクトレスペイメントの対応ができていない既存のクレジットカードやデビットカードを含めてApple Payに登録を行うことができ、コンタクトレスペイメントカードにはないワンタイムトークンによるセキュリティ対策機能を搭載し、iPhone 6、iPhone 6 Plusなどのスマートフォンやアップルウォッチでコンタクトレスペイメントを可能にする。
イギリスにおけるApple Payは、VisaやMasterCard、American Expressのクレジットカードやデビットカードと同様に既存のVisa payWaveやMasterCard PayPass、Express Payのコンタクトレスペイメントネットワークのおよそ25万ものカード加盟店でNFCモバイルペイメントが可能である。
(図表11)は、Apple Payのアメリカとイギリスの比較をしたものである。コンタクトレスペイメントに対応できるPOSカード決済端末機の台数は、アメリカが22万店以上であるのに対して、イギリスは2011年10月の7万4,000台から急速に台数を増やし、2014年末には3.4倍の25万店以上に拡大し、POS カード決済端末機のおよそ14%がコンタクトレスペイメントに対応済みで、人口や国土面積でイギリスを圧倒するアメリカを凌駕している。現在のところ、イギリスはVisa payWaveやMasterCard PayPassなどの世界最大のコンタクトレスペイメントネットワークを有している。
Visa payWaveやMasterCard PayPassなどのネットワークによるコンタクトレスペイメントを受け入れる25万台以上のカード加盟店のPOSカード決済端末機、ロンドンの地下鉄やバスなどの公共交通機関のオイスター端末機(改札機など)でApple PayはiPhone 6などのスマートフォンやアップルウォッチを用いてNFCモバイルペイメントで決済できる。イギリスにおけるApple Payの主な加盟店には、Appleストアのほか、ボーダフォン、ドラッグストアチェーンのBoots、ガソリンスタンドのbp、ファーストフードチェーンのKFCやマクドナルド、スターバックス、Subway(サンドウィッチ)、バーガーキング、デパートやスーパーマーケットのM&S、ファッションのH&M、ロンドンタクシー、バージンアトランティック航空などがある。また、日本の「モバイルSuica」のように Apple Payはオイスターカードの地下鉄やバスなどのロンドン公共交通機関でも利用できる。
米英のコンタクトレスペイメントネットワークにおけるPINレス・サインレス限度額は、アメリカの25ドル(約3,000円)に対して、イギリスは20ポンド(約3,800円)と、イギリスの方がやや高い。イギリスのPINレス・サインレス限度額は当初(2007年)の10ポンド(約1,900円)から恐る恐るスタートし、15ポンド(約2,850円)、20ポンド(約3,800円)と段階的にアップし、2015年9月からは30ポンド(約5,700円)への引き上げが予定されていて、今後使い勝手が良くなっていくものと思われる。ちなみに、(図表12)は国(エリア)別のPINレス・サインレスの限度額を示したものである。アメリカやヨーロッパは限度額が低いが、オセアニアやアジア圏の国はオーストラリアのA$100(約9,000円)、マレーシアのRM250(約8,200円)など、総じて限度額が高い傾向にある。
コンタクトレスペイメントのカードの場合、PINレス・サインレス限度額を超えるとPIN(暗証番号)の入力などが求められるが、Apple Payの場合はモバイルデバイスによる決済が受け入れられず、Apple Payに登録されているICカードのクレジットカードやデビットカードによるPOSカード決済端末機への挿入とPIN(暗証番号)入力による決済が求められる。
イギリスにおけるApple PayのNFCモバイルペイメントの受け入れ(図表13)は、既存のVisa payWaveやMasterCard PayPass、Express Payをサポートするペイメントサービスプロバイダが対応している。主なイギリスのペイメントサービスプロバイダは次の通りである。
・AIB
・Adyen
・Barclaycard Merchant Services
・Clydesdale Bank
・The Co-operative Bank
・Elavon
・First Data
・Global Payments
・Lloyds Bank Cardnet
・WorldPay
イギリスにおけるApple Pay対応金融機関
先行して2014年10月にスタートしたアメリカでは、JPモルガンやバンクオブアメリカ、シティ、ウェルズファーゴなどのメガバンクやPNCバンク、ファーストハワイアンバンクなどの多くの地方銀行、多数のクレジットユニオン(信用組合)など400以上の金融機関がApple Payに参加済みで、こうした金融機関が発行するクレジットカードやデビットカードをApple Payに登録し、NFCモバイルペイメントを行うことができる。また、Apple Payに加え、Appleのモバイル財布アプリである「Apple Passbook」にクレジットカードやデビットカードを追加し、報酬や特典カードのサービスを続けることも可能である。
一方、2015年7月にスタートしたイギリスのApple Payは、T&EカードのAmerican Expressのほか、HSBCやファーストダイレクト、ロイズ銀行、MBNA、ナットウェスト、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド、サンタンデール、アルスター・バンク、スコットランド銀行、MBNA、ハリファックス、M&S銀行など14もの主要なイギリスの金融機関(図表14)が参加し、こうした金融機関が発行するクレジットカードとデビットカードのほとんどがApple Payでの動作が可能で、これらの金融機関のデビットカード(口座振替)やクレジットカードをApple Payのモバイルペイメントに使用することができる。イギリスで発行されているクレジットカードやデビットカードなどのペイメントカードの70%以上が、Apple Payに対応できるといわれている。なお、すでにPayTagやPingitで遠近の独自のモバイルペイメントソリューションを導入している大手金融機関のBarclaysグループならびにその関連会社のBarclays Cardは、2015年5月時点ではApple Payの対応金融機関に含まれていない。
SantanderとApple Pay
Santander UK(図表15)は、第1陣として当初からApple Payに対応しているイギリスの金融機関の1つである。親会社のSantanderは1857年スペインで創業、現在スペインのほか、中南米や欧州(イギリス、ポルトガル、ドイツ、ポーランド)に1万2,950もの支店と18万5,400人の従業員を擁している。Santanderは1849年創業のイギリスの住宅ローンなどの金融サービスを提供する住宅組合であるアビーナショナル(図表16)を2004年に90億ポンドで買収し、その傘下に収め、2010年1月にSantander UK(本社:ロンドン)を設立している。現在、支店920とおよそ2万人の従業員を擁している。
Santander UKは、『我々の顧客のために簡単で、安全で、プライベートなモバイルペイメントソリューションであるApple Payへのアクセスを提供します』(図表17)とし、最大8枚のクレジットカードとデビットカードをApple Payに搭載することが可能である。Apple Payのセットアップは、まず無料のモバイル財布アプリであるApple Passbookアプリをインストールし、「設定」から「Apple PassbookとApple Pay」を選択し、「新しいデビットカードまたはクレジットカードを追加します」をタップして、モバイルデバイスのデジタルカメラによる読み込みまたは手動入力によりクレジットカードやデビットカードをApple Passbookを通じてApple Payに登録する。また、Apple Passbookを通じてユーザーのiTunesアカウントからクレジットカードまたはデビットカードを追加することができる。
モバイル財布アプリのApple Passbookは、クレジットカードやデビットカード情報をセキュアに格納することができるほか、航空搭乗券やチケット、クーポンなどを格納することができるモバイル財布アプリで、Apple Payと連動することにより、Apple Passbookで登録されたクレジットカードやデビットカードなどのペイメントカード情報を管理することができ、最大10ものトランザクション履歴の照会など遠近のモバイルペイメント機能やサービスを向上させることができる。
Santanderのペイメントカード管理アプリ「Spendlytics」
Santanderはイギリスの他の金融機関と同様にモバイルバンキングに力を入れていて、Apple Store、Google Play、Black Berry Worldで専用の無料アプリをダウンロードしたスマートフォンを用いて、各種請求書支払や資金の振替、最大4年間の取引履歴の表示、各種アラート設定とアラートサービスの提供、保留中の支払いや保留中の資金振替の表示、最寄りのSantanderの支店の案内などの機能やサービスを提供している。
Santanderのペイメントカード管理アプリ「Spendlytics」(図表18)を新たに開発し、同行のモバイルバンキングユーザーに無料で提供している。「Spendlytics」は、iOS8.0以上に対応し、Apple Payに登録しているクレジットカードやデビットカードを管理することができるアプリで、登録済みの個々のペイメントカードによる支出を日々、週次、月次、年次ごとに管理することも可能で、「食事」や「DIY」など支出項目別に管理・分析のほか、カード加盟店ごとの管理も可能である。
<出典>
・Apple Pay のHP
・Santander UK のHP
・VISA のHP
・MasterCard のHP
・Barclays のHP
・Vodafone のHP
・Cash on Tap のHP