2025年1月8日8:00
大ヒット商品が生まれるたびに増大するカード不正利用に悩まされていたアシックスでは、AIを活用したソリューションの導入でこの問題を解決。導入に至る経緯と導入の効果について、デジタルコマース部 部長の大和田氏が解説する。(2024年10月25日開催「ペイメント取引セキュリティ対策セミナー2024」アシックスジャパン株式会社 DTC統括部 デジタルコマース部 部長 大和田岳史氏の講演より)

幅広い層のお客様と直接つながるために
ホールセールから直販にシフト
皆様がご存じのとおり、アシックスは長い歴史のある日本の会社ですが、現在は売上の約8割を海外が占めています。会社の創業理念でもある「Sound Mind, Sound Body」を、全世界統一の経営ビジョンとして掲げており、お客様に健全な心とからだを維持していただくために事業を展開しています。アシックスのお客様には、競技に打ち込む選手たちだけでなく、生きることに前向きに挑戦する大勢の方々がいます。われわれはそういったお客様を「ライフタイムアスリート」と呼ばせていただいています。
われわれは今、変革に挑んでいる最中です。かつてスポーツ用品メーカーのビジネスは、ホールセール(卸売り)が中心でした。われわれも例外ではなく、ほとんどすべてをホールセールで小売店様を経由してお客様に販売していました。しかし近年は直接お客様にアプローチするDTC(Direct to Customer)に力を入れており、これによる売上高が右肩上がりで伸長しています。
振り返ればかつては、海外メーカーの高機能シューズがランニング界を席巻して、箱根駅伝では選手が1人もアシックスのシューズを履いてくれないという時代もありました。おかげさまで現在は2位のポジションまで復活しています。市民ランナーに目を向けますと、今年の東京マラソンではシェア1位を奪還することができました。環境にも配慮しており、業界ではじめて、履き終わったら回収するシューズを販売しました。デジタルに力を入れていることが評価され、「DXグランプリ2024」の「DX銘柄」にも選ばれました。
また、近年はファッションスニーカーでも多くのお客様にご支持をいただいています。ちなみに、ランニングシューズとスニーカーは、考え方も構造も異なる、まったくカテゴリーの異なる商品で、われわれはもともとより高機能が求められる競技用のランニングシューズを得意としていましたが、昨今ではファッション系のシューズの引き合いも多くなっています。先般、ONE OK ROCKのTakaさんと共同開発したシューズを発売しましたが、このときには、わずか数分で売り切れになりました。また、ファッションブランド各社様とコラボした商品も大ヒットになり、事業の拡大に貢献しています。しかしこのことが、今日お話しする不正利用の増加に大きく関連してくるのです。
今はBotの技術が大変発達していて、わずか1秒で何万件のアカウントをつくることも可能になっています。「会員お一人様1足限定」の商品も、不正犯がそういった技術を駆使して、あっという間に大量に買い押さえてしまう。そしてその3分後には、メルカリで数倍の値段で売られているという現象が起きるのです。発売前から評判が高まっているような商品は、不正犯の格好のターゲットになります。
売上拡大にともない不正被害も増大
チャージバック額の抑制が急務に
DTCの中のECの売上高は、私が入社した2018年と比べると、6年間で8倍ぐらい、何十億円の規模まで成長してきています。売上規模がここまで大きくなると、不正利用というのは非常に大きな問題として浮上してきます。
適正な措置を講じない限り、売上の増大に比例してチャージバック額も増大し、事業収益に大きな打撃を与えます。実数字は公表していませんが、われわれは2022年1月、2023年6~7月あたりに、チャージバックによる大きな損害を被りました。
2022年1月というのは、われわれが世界共通で使っている基幹系システムを刷新した時期にあたります。ヨーロッパの業界トップクラスの決済ベンダーを採用したのですが、切り替えに際してトラブルが発生し、その瞬間にアタックを受けて非常に厳しい事態になりました。これについては、新規に採用したシステムの条件設定を工夫することによって、なんとか乗り切りました。
2023年のチャージバックの増大は、EMV 3-Dセキュアがうまく運用できなかったことによるものでした。この時期はちょうどヒット商品のリリースのタイミングと重なり、かつ取引の多くをEMV 3-Dセキュアに回す設定不備で運用が混乱。結果として2022年1月をはるかに超えるチャージバックが発生してしまいました。
条件設定型からAI活用にシステムを変更
入念なチェックを経て本格導入へ
不正対策として、以前、われわれは、条件設定型のシステムで対応していました。先ほど申し上げたように、ヨーロッパで業界トップの信頼のおけるシステムを導入しており、きめ細やかな条件設定が可能です。ただやはり条件設定型のシステムは、人間の知恵と労力が拠りどころになるという点がネックです。
人気の高い商品、前評判の高い商品が狙われることはわかっていますので、その商品の注文は全件EMV 3-Dセキュアにかけようか、でもカゴ落ちが増えるからそこまではできないな、と逡巡しながら条件設定をするわけですが、なかなか満足のいく結果が出ない。今までそれほど注目されていなかった商品が海外で急に人気になり、気づかないうちに不正のターゲットになっていて、3カ月後にものすごい額のチャージバックが発生したこともありました。
併行して目検チェックも行っていました。毎朝、前日分の受注リストをアウトプットして、奇妙な名前がないか、表記が多少違っていても同じ住所と思われるものがないかなどをチェックするのですが、これはなかなか悲しい闘いです。機械が見抜けなかったものを人間が見ても、「なんとなく変だ」ぐらいのことしかわからない。自分がやっていることに確信が持てず、メンバーはどんどん疲弊していきました。それを見ていて私自身も限界を感じ、ほかの対策を講じる必要があると痛感するに至ったのです。
われわれが目指したのは、目視での人的工数をゼロにすること。人的リソースは、お客様が欲する魅力的な商品をつくり、育てることに集中させたいと考えました。それから、3-Dセキュアによるカゴ落ちを最小限にとどめること。真正取引がブロックされると、対応工数も膨らんでしまいます。「どうして私のクレジットカードが使えないのですか」といった問い合わせが増え、「クレジットカード会社にお問い合わせください」「カード会社は売場の問題だと言っています」といったやり取りが延々と続くのです。そういったお客様にご迷惑をおかけする事態を避けたい。とはいえ、チャージバックが増えてしまっては元も子もありませんので、これは極力減らしたい。
10社近いベンダーから話を聞いてたどり着いたのは、AIの活用が最も有効だろうという結論でした。中でもForterのソリューションが良いと目星を付けました。けれども私は、世の中でもてはやされているものを簡単に信じないことをポリシーとして生きてきた人間です。その時点でも、AIの効用を半分以上は疑っていました。そこでその後、半年をかけて10ケース以上の詳細なシミュレーションを、見積もりも含めて実施していただき、最終的に導入を決定しました。さらに導入後1カ月半ぐらいのラーニング期間を設けて、お客様の行動をウォッチし、問題ないという確信を持てた時点で本格的にリリースをいたしました。
期待通りの効果に満足
AI活用の範囲を不正対策以外にも拡大
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