2020年10月9日10:24
カード戦略研究所 中村敬一
新型コロナウイルスがパンデミックとなり世界中に与えている影響は計り知れないが、感染防止と経済・生活活動を共存する取り組みが各国で始まっている。「ソーシャル・ディスタンス」「手洗い」「3密を避ける」に代表される感染防止策に、キャッシュレス決済は大きな役割を果たしている。
決済サービスの一部とされていたキャッシュレスが、政府のキャッシュレス決済比率40%、望ましくは80%にと成長戦略の政策デバイスとなったことは周知の事実である。
言葉を換えれば、キャッシュレスを社会インフラとして成長させるということである。社会インフラとなれば、これまで決済サービスで求められていた規制や信用秩序も大きく変わることが求められる。
日銀が検討を進める中銀デジタルマネーのような電子通貨とは違うにしても、多角的・多層的な社会インフラに耐えられる信用性を一層高め・深めなくてはならない。
消費者庁、実態調査にのりだす
スマホ決済や電子マネーのトラブル相談件数が2016年以降上昇、2019年には過去最高の3,491件を記録した。そのため消費者庁はスマートフォン決済やクレジットカードなど国内外の決済事業者を対象に実態調査を行うことが各社新聞で報道された。特に注目されるのが調査対象を全事業者に広げ業界全体の実態を網羅的に把握する点である。具体的には本年11月に調査を開始する予定である。
すでに消費庁では「デジタル・プラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等に関する検討会」が10回にわたり開催されているが、BtoC、CtoCを問わずデジタル・プラットフォーム業が介在する消費者取引での新たなトラブルが発生しており、検討されている主な事項は、①取引の場の提供者としての役割、②デジタル・プラットフォーム企業から消費者に対する情報提供の在り方等である。詳細は同庁のホームページをご覧頂きたい。
デジタル上で企業、無制限に消費者が移動、取引が行われるスキームが「企業の資本家論理」「個人の欲望論理」に歯止めをかけず(規制緩和・自己責任・既得権益の排除が優先され)インフラのように導入されれば、弱者は常に排除される側に立たされる。
新たな政権が国の正式機関としてデジタル庁を創設することは、国内的課題にとどまらず世界のデジタル化動向をスピーディかつ正確に把握するためにも是非実現しなくてはならない。その中では当然キャッシュレス庁的な機能を含むものと期待をしている。
さて、消費者庁の実態調査結果は、消費者の実態とリンクさせ効果的施策に生かさなくてはならないが、スマホ決済、電子マネーは他方から言えばデジタル決済の実態、課題の洗い出しと受け止める必要がある。
未知のトラブルの出現に向けて
予定外、まさか、想定外と大小のトラブルが社会問題化する度に関係者が頭を下げる。
デジタル・キャッシュレスのインフラ化を目指すのであれば、この3つの言い訳を無くさなくてはならない。またそのための実態調査でなければ意味をなさないであろう。
すでに与信部門ではAIなどを活用した与信システムが導入されているが、事業者が損害を被る視点だけではなく、消費者の視点でのトラブル発生に関してAIなどを活用したコンシュマートラブル予見システムの確立も急がれる。
今回の新型コロナ(未知のウイルス)の出現に関して、東京大学名誉教授山内一也氏は、米国国際開発庁(USAID)による「エマージング・パンデミック脅威計画」を通して、①予測(危険なウイルスが出現しそうなホットスポットを見つけ出し)、②防止(ウイルスとの距離を取る)、③確認(感染が起きたときのウイルスの特定、④対応(パンデミックに備えた対策)の四点を挙げて、どこの時点が不足し徹底していなかったのかを指摘している。
その前提として人や家畜、野生動物の健康を等しく実現する「ワンヘルス」に基づく視点が重要としている。
デジタル・キャッシュレスを健全な社会インフラとして育成していこうとするなら、このワンヘルスの視点が重要ではないか。デジタル社会では、すでにウイルス対策が進んでいるが、見えない敵、欲望の渦が暗躍する未知の敵は後を絶たない。
弱者、高齢者、未習熟者などが、未知のトラブルに遭ったときの対策は、誰もが安心して使えるワンヘルス理念に沿った分析法・解決法を日常的に探らなくてはならい。
デジタル難民への配慮
中央デジタル通貨(CBDC)に日銀が本格的に動き出した。「デジタル通貨研究グループ」を格上げして、グループ長に奥野聡雄決済機構局審議役を、局長には神山一成氏を充てた。この異例な人事も体制強化の意気込みを表わしている。
一方EUでは、デジタル通貨規制案を公表している。①デジタル通貨の発行事業者に対して、EU内に物理的な拠点を設け、活動開始前に当局からの承認を得るように要求、②顧客と事業者の資産を分離するよう義務づけ、③デジタル通貨の発行計画を事業者に要求、④複数通貨を裏づけ資産に持つ発行体に対して、欧州銀行監視機構が監視、⑤2024年までに包括的な規制枠組みの導入を目指すといったものである。
特に包括規制に関してはマネーロンダリング防止とともに、消費者保護が含まれ、健全な信用秩序の発展を目指すとされている。
少なくとも我が国では、昨今の決済、デジタル決済関連での犯罪や東証などベーシック機関のシステムトラブルの発生状況を見る限り、心配の種は尽きないが、システム、セキュリティに完全なものはないとの判断にたてば、置き去りにされる被害者がないように、バックアップ・サポートの体制が不可欠である。
キャッシュレスというデジタル決済が、CBCDにせよ多様な決済手段の集合にせよ、問題は基本機能に必ずしも習熟の足りない人々にとって、単なるマニュアルでは十分な対応ができず、キャッシュレス・デジタル難民に置かれていってしまう可能性は低くない。
スマホ、PCを使っているから大丈夫だろうというのは、事業側、行政側の希望的観測であって、現場のデジタル習熟度は必ずしも高くない。
今回の消費者庁調査に加え、徹底した消費者側の調査を行い、発行事業者、行政に求めるサポート体制の充実が今後の課題である。
■参考文献
山内一也 ウイルスの世紀(みすず書房)
日経新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、聖教新聞、東京新聞他
消費者庁ホームページ。