2015年4月22日8:00海外の新しい決済サービスにみる国内決済サービス発展の兆し(上)
日本でも2020年に向けさらなるキャッシュレス化の推進が期待されるが、海外では先進的な決済サービスにより、非現金化に成功している例もある。そこで、海外の決済サービスに深い知見を持つ日本カードビジネス研究会に、世界のペイメント市場についてまとめてもらった。
日本カードビジネス研究会 小林 均
世界で伸び続けるカード決済市場
2014年12月、日本のカード・決済市場に追い風となるニュースが飛び込んできました。内閣官房をはじめとした6省庁が「キャッシュレス化に向けた方策」を発表したのです。日本政府が「キャッシュレス決済の促進が商取引の活性化や新たなビジネスの創出にも資する」ととらえていることから、我々カード・決済業界はこれまでにない本格的な成長トレンドに入ることが予測されます。
その方策の中で「訪日外国人向けの利便性向上」が課題のひとつにとりあげられました。現在、日本における外国人観光客は年々増加しており、2014年には1,300万人を突破しました。さらに2020年にオリンピック・パラリンピック東京大会をひかえるなど、訪日外国人が不便に感じない決済環境整備が、喫緊の課題となっています。
観光庁の調査によると訪日外国人客の16.1%がクレジットカード決済・両替ができる場所が少ないことを不便と感じているようです。訪日外国人をもてなすためにも、決済環境は国際的な水準まで上げる必要があります。では、訪日外国人たちは普段どのような決済手段を使い、どのような決済環境にいるのでしょうか? 欧米を中心としたキャッシュレス先進国を例に、世界の決済市場トレンドを追っていきましょう。
2013年、世界の主要カードブランド
(Visa, MasterCard, Union Pay, AmericanExpress, JCB, Diners)すべての決済取扱高は20兆5,670億ドルとなり、前年に比べ19.3%増と大きく飛躍しました。取扱件数も前年対比12.2%増と伸びており、2,000億件を突破しました。また、クレジットカード発祥の地であり、カード大国の米国でも、2013年のカード取扱高は前年に比べ7.9%アップしており、4兆ドルを超えました。
このようにカード・決済市場が世界的に成長しているなかで、特にキャッシュレスが進んでいる国として、英国が挙げられます。英国では2012年にオリンピック・パラリンピックロンドン大会が開催され、それを契機にキャッシュレスが加速しました。2020年までに日本がどのようなキャッシュレス社会を実現すべきかを考える上で、大いに参考となりそうです。オリンピック開催国におけるキャッシュレス推進のモデルとして、どのような取り組みが行われてきたのでしょうか。
ロンドンオリンピックを起点としたキャッシュレスへの取組み
2013年7月、英国政府は2012年ロンドンオリンピックの経済波及効果を発表しました。それによると、英国はオリンピックによって99億ポンド、約1.5兆円の経済効果があったとしています。99億ポンドのうち、観光関連の経済効果は20億ポンド。カード・決済業界に大きく影響する観光関連事業は20%を占めました。また、ホテルとレストランへの支出は5億ポンド弱の経済効果があったことから、東京オリンピックでもその分野における経済効果は大いに見込まれ、やはりカード決済環境の整備が不可欠であることがわかります。オリンピックの効果は開催時までにとどまらず、開催後の2020年までに、英国に400億ポンド、6兆円もの恩恵をもたらすと試算されています。
そのオリンピック開催前後、英国のキャッシュレス推進に取り組んできたのは英国資金決済協議会でした。設立は2007年3月。英国の決済業界の変革を推進するという使命をもって、英国経済金融省(HMTreasury)と公正取引局(OFT)の支援を受けて設立されました。
同協議会は2012年のオリンピック開催期間中、VisaなどとともにNFCを活用した非接触決済ネットワークを構築してきました。非接触決済とは日本でいう交通プリペイドカード「Suica」と似た決済手段であり、利用者はNFCチップを搭載したカードを、専用のカード読取機にかざすだけで支払いが完了します。NFCカードとSuicaとは、カードとカード読取機の間で決済情報をやり取りする際の通信規格が異なります。SuicaやWAONカード、楽天Edyなど、日本では主にFeliCaという通信規格が採用されていることに対し、世界ではNFC Type A/Bという通信規格が主に採用されています。Visaの推進する非接触決済「Visa payWave」とMasterCardの「MasterCard PayPass」にはNFC Type A/Bが採用されています。
そのNFC決済は英国において、大手小売店での決済や鉄道の乗車などに導入されており、多くの人々に利用されています。月間のNFC決済額は2014年2月から3月にかけて2,220万ポンドも増加し、1億ポンドを突破しました。また英国でのNFCカード発行枚数は4,240万枚にのぼり、この数字は英国民全人口の約3分の2にあたります。さらには伝統あるロンドンバスのチケットもNFCに完全移行し、現金では乗車できなくするなど、英国ではNFC決済が急速に普及しています。
キャッシュレス先進国でつかわれる決済手段
NFCの利用範囲が拡大していることともう1つ、英国の決済市場の大きな特徴として挙げられるのが、デビットカードの普及です。実は英国において、クレジットカードよりも、銀行口座からすぐに引き落とされるデビットカードの方が多く利用されているのです。
2013年11月時点の英国のデビットカード発行枚数は9,050万枚で、クレジットカードの5,790万枚を大きく超えています。またデビットカードの保有者数は4,550万人で、一人あたりの保有枚数は2枚。英国成人の10人中9人が保有している計算となります。取扱高も(下図)のように年々開いており、いかに英国国民に普及しているかがわかります。スーパーやグローサリーストアでのショッピング、あるいは憩いの場であるパブでの決済などいたるところで利用されており、デビットカードは英国国民の日常生活に欠かせないものになっています。
世界的に見てもデビットカードの利用は拡大しています。全世界の2013年国際ブランド付きデビットカード総取扱高は前年対比20.7%増加し、11兆9,699億ドルでした。同時点でデビットカードをリリースしていたのはVisa、MasterCard、銀聯の3ブランド。取扱件数は1,210億件で、前年対比12.4%増でした。総取扱高でトップはVisaで6兆730億ドル、51%のシェアを誇ります。
日本においても、国際ブランド付きデビットカードは普及の兆しを見せています。国際ブランド付きデビットカードを最初に発行したのは、2006年のスルガ銀行。以来、9行がVisaブランド付きデビットカードの発行をスタートしています。2013年秋には3大メガバンクのひとつ三菱東京UFJ銀行が発行を開始しました。続いて2014年10月には、千葉銀行、大垣共立銀行がJCBブランドのデビットカード発行を開始しました。日本でも徐々にデビットカードのラインナップが増えています。
また、国内では国際ブランド付きプリペイドカードのラインナップも増えています。KDDIがMasterCardブランド付きプリペイドカードau WALLETをリリースし、累計900万枚の発行を達成するなど、認知が高まっています。
クレジットカードと比較し、デビットカードやプリペイドカードの最大の強みは利用対象者の広さにあるといえます。クレジットカードは若年層や高齢層などをはじめ、クレジット審査に通らずにカードを保有できない人がいることに対し、デビットカードとプリペイドカードは、(一部商品をのぞいて)誰もが保有することができます。そのためクレジットカードを保有できない高校生でも、オンラインショップを使って買い物ができるようになるなど、あらゆる年齢層の決済チャンスを増やすことができます。
今後、日本政府のキャッシュレス推進によって、カードを利用できる場所が増加していくでしょう。同時に、NFCカード決済やあらゆる人々がもつことのできるデビットカード・プリペイドカードなど、多様な決済手段を普及させることが、キャッシュレス社会を実現する上で重要となるのではないでしょうか。