2018年5月10日7:30
通販・EC業界は2017年も成長が続き、ついに7兆円市場を射程内に捉えた。トップを独走するアマゾンをはじめ、アスクルなど複数のBtoB企業や大手テレビ通販企業などが市場を牽引した。ファッションECモールの躍進も顕著で、ECサイト「ZOZOTOWN(以下、ゾゾタウン)」で“ツケ払い”を導入したスタートトゥデイの売り上げがさらに拡大し、同様の長期後払いで追従する企業も登場している。さらにプライベートブランド(PB)立ち上げやリユース事業への進出、スマホアプリの活用など、各社は新たな打ち手で成長戦略を描く。
通販研究所 渡辺友絵
伸び率も安定し18年連続の成長
通販・EC業界における売上高規模(物販)については、(公社)日本通信販売協会(JADMA)が2016年度の集計数値を2017年8月に発表しており、前年比6.6%増の6兆9,400億円と18年間の連続成長となった。金額ベースでは4,300億円の増加で、伸び率もここ3年連続で上向くなど安定成長を維持する。直近の売上高規模の数字は2018年1月に発表された業界紙2社によるものとなるが、「通販新聞」が前年比7.7%増の6兆7,131億円(上位300社)、「日本流通産業新聞」が同3.3%増の6兆5,145億円(上位400社)で、いずれも7兆円市場に王手をかけた順調な伸びとなっている。
トップのアマゾンやBtoB、大手テレビ通販、家電系ECが牽引
トップを独走するアマゾンは送料無料の有料会員向けサービス「プライム」の伸張などもあり、業績をさらに拡大させた。さらにここ数年勢いがあるアスクルをはじめ、ミスミグループ本社や大塚商会、MonotaRO、カウネットといったBtoB企業がそろって増収で上位にランクイン。ジャパネットホールディングス、ジュピターショップチャンネルなどの大手テレビ通販企業も2桁増でトップ10に定着している。ヨドバシカメラを筆頭に、家電系通販も前年に続き好調な伸びとなった。一方で、千趣会やディノス・セシールなどカタログ事業を手がける老舗総合通販は一部を除き苦戦が続く。
ECファッション業界で加速するPB立ち上げやリユースへの参入
「ゾゾタウン」をはじめとするECファッション業界では、プライベートブランド(PB)の開発・導入が加速している。スタートトゥデイが今年度中の発売を目指す初のPBについては、すでに2017年11月から採寸用ボディスーツの無料配布を始めており、ECに限らずアパレル業界全体が注目する。採寸情報をもとに究極のフィット感を実現できる衣料品を受注生産で手がける予定で、老若男女をカバーするアパレル事業として収益の柱にしていく考えだ。
20~30代の女性を軸にECファッションを展開するマガシークは、総合商社のモリリンと提携してPB開発に取り組み、NTTドコモと共に運営するネットショップ「dファッション」で2017年12月に販売を開始。今後はアパレルブランドとも提携しながら新たなPBを扱い、新規事業として成長させていく。
実店舗を運営する丸井も婦人靴のPB事業に参入し、自社店舗やイオンモールなどに試着可能な期間限定イベントストアを設置。“おしゃれで楽”がコンセプトの「ラクチンきれいシューズ」の名称で展開し、小刻みな16サイズのサンプルを展示した。試したあとは店員が店舗の専用タブレット端末で注文し、同社のEC倉庫から発送するという“店舗→Web”のOtoO施策で対応する。靴以外にも女性・男性向けのパンツをPBとして販売している。
アマゾンにも、成長が著しいファッション分野のPBを強化する動きが見られる。今春をめどに都内に衣料品などファッション商品専用の大規模撮影スタジオをオープンし、商品の撮影体制を整備するとともに商品画像精度の向上につなげたい考えでいる。新スタジオは4階建て・総床面積7,500平方メートルと他国スタジオに比べても最大規模で、従来のジュエリーなどに加え衣料品のPB展開を視野に入れている。
競合がひしめく衣料品のEC業界では低価格路線や値引きが主流になっており、収益を圧迫している。自社独自のコンセプトに基づくPB商品であれば競争力が見込め適正価格での販売や顧客育成が可能になるため、体力があるファッション系企業では今後PBへの取り組みが進みそうだ。
またECファッション市場では、二次流通のリユース事業である中古衣料販売も活性化している。スタートトゥデイは子会社のクラウンジェルを通じ、「ゾゾタウン」で販売したブランド古着を買い取って再販する専用サイト「ゾゾユーズド」を運営。ファッション感度が高くトレンドに敏感な20~30代のユーザーは衣料の買い替え需要も高いことから、こういった顧客が軸であるスタートトゥデイとの親和性は高かったようだ。
同社が二次流通向けに導入した「買い替え制」では、「ゾゾタウン」で商品を購入する際に過去に買った商品を画面の下取り商品一覧から選ぶと、提示されている下取り金額を差し引いた金額で新商品を購入できる。この手法は「ゾゾユーズド」に商品を供給する役割を担うとともに、自社の顧客を循環させ固定化につなげるというメリットを生み出している。
マガシークも2017年、アウトレットECサイト「アウトレットピーク」に古着の販売コーナーを設けた。アウトレット商品の在庫不足をカバーし品ぞろえを充実させることも目的の1つで、古着売買事業者のベクトルグループと提携し査定や買い取り業務を委託している。ファストファッションのクルーズもやはり2017年からベクトルグループと組み、携帯アプリを通じて中古衣料の専門店「ショップリストユーズド」を展開する。もともとはCtoC形式のフリマアプリとしてスタートしたが、ベクトルグループと提携することで買い取りも強化し、BtoC分野と両輪で展開する。
こうした中古衣料マーケットへの参入が加速する背景には、メルカリやコメ兵など中古品を扱うCtoC事業の浸透や成長がある。消費者の購買行動や価値観が変化し、中古品購入への抵抗感が低下したと見られる。
インスタグラムやAIなどテクノロジーを販促に活用
スマートフォンの浸透などを背景にEC市場ではテクノロジーの進化も目覚ましく、さまざまな取り組みが進んでいる。話題をさらったのは前項でも触れたスタートトゥデイの「ゾゾスーツ」で、ニュージーランドにある出資先のソフトセンサー開発企業と共同開発。伸縮センサーを内蔵しており、“服が人に合わせる時代へ”のキャッチコピー通り身体の1万5,000カ所を瞬時に採寸できる。体型データはスマホの「ゾゾアプリ」に保存され、ユーザーはEC最大のネックであるサイズ不安に悩まされることなく商品を選べるというものだ。発売を予定する自社PBの購入時に“究極のフィット感”を実現できるツールで、無料配布の注文は申し込み開始日だけで23万件にのぼった。
昨年の流行語大賞にも選ばれた「インスタ映え」は、画像共有SNSのインスタグラムに投稿するために写真にこだわる現象から生まれた言葉だが、スマートフォンのインスタグラムをプロモーションに活用する動きも目立つ。
楽天はインスタグラムを活用した店舗向け販促支援を強化。「楽天市場」のファッション系店舗がインスタグラムのユーザーに商品を提供し、コーディネート画像を投稿してもらう取り組みなどを仲介する。ファッション商品の口コミやレコメンドなどに影響力が強い「インフルエンサー」を募集し、インスタグラムの販促に参加したい店舗には個別にハッシュタグを用意。店舗のインスタグラムに投稿・エントリーしてくれたインフルエンサーの中から、自社商品のイメージに合った人を各店舗が選びインスタグラムで活用する仕組みだ。
スマートフォンで個人間取引アプリを提供するメルカリが2017年7月に開始した「メルカリチャンネル」は、写真などの静止画像だけでは分かりにくかった商品の特徴をライブ動画で説明・訴求できることに加え、販売者と購入者の双方向コミュニケーションが可能なツールとして好評だ。“ライブフリマアプリ”と銘打ち、購入者は配信される商品画像を見ながら、リアルタイムで販売者にいろいろ質問することができる。販売者の声や姿も分かるため購入者にとっては安心感につながり、売り上げを底上げする。さらに2017年12月からはEC・通販企業にも「メルカリチャンネル」のライブ配信機能を提供し、衣料品や食品などライブコマースと親和性が高い十数社が参画している。
またメルカリはAIの活用にも着手し、ブランド品に特化した個人間取引アプリの配信をスタートさせている。AIを活用して撮影した画像から商品のブランド名やカラー、デザインなどを判別し、商品情報を自動で入力する機能を搭載。市場価格データなどに合わせて自動査定を行い、売れやすい適正価格を表示する仕組みだ。出品者はこれまで商品のどこにポイントを置いて撮影したらよいかということや、適正な市場価格が分からないという悩みがあった。購入者も偽ブランド品や不正取引に関する不安を抱いていたが、最先端技術を使ったAIの導入で購入ハードルが下がり、取引の活性化につながることになる。
そのほかにも多くの企業がAI活用に乗り出しており、高島屋グループのWebサイト「タカシマヤファッションスクエア」ではスマートフォンやタブレットでの閲覧を重視したレコメンドにAIを導入。単に売れ筋や人気商品を薦める手法ではなく、深層学習機能に基づき、商品を閲覧するたびにレコメンド内容が変化するリアルタイム特性を取り入れている。
越境ECは引き続き中国が戦場も成功法則は未確立
毎年11月11日に開催される中国の「独身の日セール」は、日本でもよく知られるようになった。中国のネット通販最大手アリババグループや2番手の京東集団が展開するECモールは、大々的なキャンペーンを実施。中国最大のインターネットショッピングモール「T-mall(天猫)」を手がけるアリババグループによる2017 年の「独身の日」取引額は、わずか1日で1,682億元(約2.8兆円)にのぼった。前年同日に比べ39%増と著しい伸びを示しており、中国国内で越境ECへの関心がさらに高まっていることや、国内中心部だけでなく地方にもその波が広がっていることが分かる。
「独身の日」には日本からも化粧品や食品、衣料品、雑貨、家電などを扱う多くの企業が参加した。アリババグループの国別売り上げランキングでは、2016年と同じく日本がトップでランクイン。天猫全体のショップランキングでユニクロが6位、シャープが7位につけるなど、日本ブランドの健闘が目立つ。
中国で越境ECの伸びを後押ししているのが、爆発的に広がっているモバイル・スマホを使った第三者決済だ。中でも大きなシェアを持つ「Alipay(アリペイ)」を中心に利用者や決済額が伸びており、「独身の日」の取扱高拡大に大きく寄与。次図のようにEC市場のメジャーな支払い方法として定着したと言える。
また昨今の中国越境EC市場では、消費者に与える影響力が大きい“インフルエンサー”の活用が急速に増加した。中国では広告への信用度が低い一方で、自ら商品を使ってみたというインフルエンサーへの信頼度は高く、SNSはもちろん、イベントやライブ配信を通じたプロモーションで商品売り上げに力を発揮している。インフルエンサーを積極活用する動きは中国だけでなく、シンガポールなど東南アジア全般のECマーケットで拡大しつつある。
一時の熱気は収まったものの、昨年も日本企業による中国越境ECへの進出は続いた。日立製作所やMTG、ヤーマンなど日本の美容機器メーカー5社は、「天猫国際」においてアリババグループと提携。アリババが保有するビッグデータを活用し、共同で中国向けの新商品開発やアフターサービスを手がけていくことにした。ヘアケアのアデランスも京東集団のECモールに出店し、安心・安全な高品質商品で訴求する。オイシックスドット大地は上海に現地法人を設立し、品質を重視した野菜などの定期購入サービスに着手している。ただ、中国越境ECへの参入ではまだ日本企業の安定した成功法則は確立されておらず、税率変更や取扱品目の制限など中国政府が検討している法改正の動きもあって波乱含みだ。今後は中国にとどまらず、台湾やASEAN方面へシフトする動きも増えると見られる。
スタートトゥデイの“ツケ払い”が増収に貢献、追従企業も次々登場
EC決済サービスで注目を集めたのが、2016年11月にスタートトゥデイの「ゾゾタウン」が導入した“ツケ払い”だ。購入金額は税込5万4,000円という上限はあるものの、324円の手数料を払えば最長2カ月間支払いを待ってもらえる。裏側は決済代行サービス会社GMOペイメントサービスの“後払いシステム”を利用したものだが、“ツケ払い”という名称のインパクトや上限金額と支払い期日に無理がないことなどから利用者が増加。2017年8月、同社は利用者数が100万人を突破したと公表し、10月の2018年3月期中間決算発表時にも“ツケ払い”が増収に貢献したと明らかにした。
すでに“ツケ払い”に追従する複数のEC事業者も現れ始めている。クルーズが運営するECサイト「SHOP LIST」では、最長3カ月での支払いを可能にする「超あと払い」(税込手数料324円)を上限金額10万円でスタート。エクスチェンジコーポレーションが提供する決済サービス「Paidy」を使ったもので、メールアドレスと携帯電話番号だけで利用できる。
さらに、「メルカリ」も2017年6月、月一回払いの後払い決済「メルカリ月イチ払い」(税込手数料100円)を導入。月に複数回メルカリで購入した商品代金の支払いを翌月末までにまとめて支払うことができるもので、上限金額は2万円。最短でも1カ月間の支払い猶予期間がある。まずは利用実績に基づいて抽出したユーザーに絞り試験運用しているが、抽出条件は公表していない。与信管理については決済代行事業者を利用しているわけではなく、自社で独自に実施していると見られる。
女性向け神戸ファッションサイト「神戸レタス」を手がけるマキシムも、最長2カ月の決済サービス「のんびり後払い」(税込手数料432円)を展開する。決済代行を行うキャッチボールが運営する「後払いドットコム」を利用したもので、上限金額は特に設定していないようだ。
スタートトゥデイが“ツケ払い”を開始した際には、10代~20代の若年層購入者も多いため買い過ぎや滞納を引き起こすのではないかとの指摘もあったが、今のところ件数や金額など実際の滞納規模は公表されていない。今後は決済代行を引き受けたGMOペイメントサービスが回収率をどこまで高めることができるかが、追従他社も含め“ツケ払い”が定着するカギとなるだろう。