2019年4月1日8:00
日本でモバイルQR /バーコード決済が次々に台頭している。大きなムーブメントの発端になったのが、中国だ。スマートフォン(スマホ)を持っている人であれば誰でも使えて、店舗は紙1 枚で加盟店になれる敷居の低さで爆発的に普及した。スマホ経済圏争いがますます激化する中国はどう変貌を遂げているのか? NCB は2018 年11 月中旬、中国は上海、杭州に飛び、現地で10 種類以上のサービスを体験。実態を追った。
NCB Lab. リサーチャー増渕 翔平
1 壮大なキャッシュレスエコノミー
中国は支払いをめぐる文化に特徴がある。端的にいうと、日本より紙幣への信用が低いようだ。ここ数年は偽札事件が相次いでおり、飲食店では客が支払った紙幣が本物であるかを確かめる機械を置いている軒数が少なくないという。
また、紙幣の最高単位は100元(約1,600円)であり、高額の買い物には多くの紙幣が必要になる。現金を使った支払いにはさまざまなリスクやコスト、手間があることから、銀行口座直結型のデビットカードを中心にキャッシュレスの決済手段が歓迎されるようになった。そしてスマホの普及率が高まった現在では、財布いらずのモバイル決済が台頭しているという流れだ。
今回、現地視察に同行いただいた上海在住歴25年以上のMさんに話を聞くと、モバイル決済の浸透度(感覚値)は中国全体で60-70%、都市部に絞れば80%以上になるという。病院など医療機関以外のシーンでは、ほぼモバイル決済が使えるということだ。
現地の人々が本当にモバイル決済を使いこなしているのかを確かめるため、上海では、現地住民向けの公設市場である上海虹橋市場を取材した。
市場では、肉、魚、野菜、米など、ありとあらゆる食材が販売されている。店舗ではほとんど、AlipayかWeChat Pay、いずれか(または両方)のQRコードが掲示されていた。市場の買い手には比較的年配の方が多かったが、スマホの画面を細目で見つめながら操作し、お店のQRコードをスキャンして買い物をしている光景がみられた。
店舗が負担する決済手数料は無料であるため、オーナーは気軽にキャッシュレスで決済を受け付けることができる。野菜を売っている店舗であれば食材を素手で扱い、袋詰めしてお客さんに渡すため、支払いで現金を使わないことは衛生的にも良い。 (タバコをふかしながら商売する渋い男性もいたが…)
公設市場で驚いたのは「統一QRコード」ともいうべきシールが貼り付けられている店舗があったことだ(写真右2枚)。日本でも、QRコード決済が複数台頭した事でいかに規格を統合するかが議論になっているが、中国ではすでに実現している。
中国郵政儲蓄銀行(Postal Saving Bank of China)など、AlipayとWeChat Payの加盟店開拓権をもった決済事業者(PSP)が、双方に対応可能な共通の決済画面を構築し、店舗単位でユニークなQRコードを生成して渡す仕組みになっている。そのため、統一QRコードはAlipayかWeChat(Pay)、どちらのアプリからでもスキャンして決済が可能だ。
食品市場のほかには、飲料の自動販売機やマッサージチェアもQRコードによる決済に対応していた。いずれも完全キャッシュレスであり、現金は一切受け付けていない。
細かい視点になるが、QRコード決済の本質は「決済行為自体を現場から省略すること」にあると考える。QRコードをスマホでスキャンする行為は、対面で提供される価値の支払いをオンラインで行うための窓口と言い換えることができる。いわば「対面EC」のようなものだ。決済そのものをオンラインに任せてしまうので、現場では高価な決済端末を用意する必要も、決済を受け付ける手間もない。
2 人が消えた中国。 進化する無人飲食店
公設市場では中国におけるキャッシュレスの現状を追った。では、未来の中国はどこに向かおうとしているのか?その答えを探すべく、筆者はテンセントがプロデュースするファストフードチェーンdicosの旗艦店(未来店)へ向かった。
この店舗は、ファストフードにおける調理以外の行程をほぼすべて無人化している点が特徴である。テーブルに貼り付けられたQRコードをWeChatのアプリでスキャンするとdicosの公式アカウントが表示され、フォローするとスマホで商品がオーダーできるようになる。
食べたいものをカートに入れてWeChat Payでオンライン決済をすれば注文が完了。調理が終わると自分の商品を受け取るボックス番号と暗証番号がWeChatで連絡される。中国語がわからない筆者でも、感覚的に注文ができた。
ユーザーインターフェースが洗練されており、操作がしやすいという点は中国のスマホ経済を支える重要なファクターである。これを支えるのが「ミニプログラム」という概念だ。
日本でもスマホを活用したサービスが次々に台頭しているが、利用するためには各事業者が配信するスマホ専用アプリを個別にインストールし、初期設定をする必要がある。中国ではこの手間がない。だいたいは、AlipayかWeChatでQRコードをスキャンすると、いずれかのアプリ上で動く機能(ミニプログラム)が立ち上がる設計になっている。
Alipay、WeChatが2大プラットフォーマーとして君臨しているからこそ生まれる体験なのかもしれないが、ユーザーの立場にとっては、行く先々でさまざまなアプリを使いわける必要がない点はありがたい。
ミニプログラムはQRコードをスキャンすることによって呼び出す形式のほか、KFCなど店頭でデジタルサイネージ型のセルフ注文端末を設置している店舗でAlipayやWeChat Payで決済をすると、自動的にアプリへインストールされる形式もあるようだ。つまりモバイル決済を点としての体験にせず、線として店舗のリピート利用に繋げるための工夫がなされているわけである。
話をdicosに戻そう。ハンバーガーが入っているボックスはタッチパネル形式になっていて、暗証番号をタップして入力すると扉が上にジワーっとあいて商品を受け取ることができた。まさに未来店。映画のような体験であった。
これまで人を介していた注文受付、支払い、商品提供のすべてが無人化されていたのである。店頭での支払いが存在しないことで、キャッシュレス率は100%ということになる。利用者にとっても、店舗にとっても効率的でスマートな体験であると感じた。
ただし、無人サービスは飲食店すべてではなく、ファストフードという来店する顧客が店員に対して高度なホスピタリティを求めない業態だからこそマッチしたと言えるだろう。「本日のおすすめ」を店員が伝えて顧客とコミュニケーションをとるような高級店にはちょっと難しい。
ちなみに、素朴な疑問として人口の膨大な中国でなぜ無人化が進むのか?という点に関してMさんに聞くと、人件費削減のほか、従業員管理を適切に行えるというメリットがあるという。
これは日本でも同じだと思うが、飲食店ではマニュアルに従って教育しても適切に対応できないスタッフも存在するため、無人化することでサービスの質を一定に担保できるという考えだ。確かに、人が介さなければ対面でクレームを受けるリスクもない。
キャッシュレス率が100%になる点も大きなメリットだ。既存の飲食店では現金の帳尻が合わないことがトラブルに発展することも多いことから、いまや店員のほうが現金での決済を嫌がるケースも少なくないという。