2019年4月2日8:00
決済を支払手段として終わらせるのか、支払終了後も「繋がり」を持つことで、新たな付加価値を生もうとするのか、これまで現金の特性である匿名性で得てきた決済文化を、根底的に問うのがキャッシュレス社会の提案である。それ故に現金先進国の日本では、現金を否定するキャッシュレス社会に対する納得を国民から得られるための作業は並大抵ではない。当面はさまざまなキャッシュレス手段が群雄割拠するであろう。
カード戦略研究所 中村敬一
1.キャッシュレス決済市場へのアプローチ方法
本レポートでは、日本のキャッシュレス決済市場規模を算出するにあたり次のような決済カテゴリーを設けて整理することにした。
その理由は、キャッシュレス・ビジョン(経済産業省)で示されたキャッシュレス決済の対象では、キャッシュレスの実態を表わしているとは言えないのではとの金融庁金融制度審議会での指摘、また有力新聞紙上やシンクタンクレポートでも、キャッシュレス決済比率(キャッシュレス・ビジョンで示された比率)に関して、分母となる民間最終消費支出と国内家計消費支出を混同した記述を見受けることがあるからだ。
(1)キャッシュレス決済のカテゴリー別 定義の整理
①広義のキャッシュレス決済
法人間決済から個人間決済まで全ての現金以外の支払手段を対象とする。
②狭義のキャッシュレス決済
個人決済をベースに現金以外の支払手段(各カード等決済・口座振替・振込等)を対象にするが、住宅などのローン返済や個人間送金(例:親から子供への送金など)は除く。
③特定のキャッシュレス決済カード決済関連を主に対象にする。
●特定キャッシュレス決済
本レポートで対象とするキャッシュレス決済
クレジットカード、デビットカード、プリペイド・電子マネー(前払式支払手段)等を合算した決済
●限定キャッシュレス決済
経済産業省(キャッシュレス・ビジョン)が採用するキャッシュレス決済
クレジットカード、デビットカード、電子マネー(日銀計数:8社合計、ただしIC乗車料金は除く)に限定して合算した決済
④キャッシュレス決済比率の算出に適用する分母
・広義のキャッシュレス決済……GDP
・狭義のキャッシュレス決済……民間最終消費支出
・特定キャッシュレス決済……国内家計消費支出
・限定キャッシュレス決済<経産省>……民間最終消費支出
⑤QRコード決済、仮想通貨決済等に関して
●QRコード決済
QRコード決済は、既存の決済カテゴリーに属してカウントされているスキームは別にして、新しい決済カテゴリーに属するスキームは現段階で明らかでないため、本レポートでは算出対象としては保留する。
●仮想通貨決済
仮想通貨を一般の物販やサービスに利用できる店舗や施設が少ないこと、
実態が把握しきれないため、本レポートでは保留する。
以上の定義、構図を前提に本レポートでは、特定キャッシュレス決済をキャッシュレス決済と呼び、その市場動向、規模をみていくことにする。
本来であれば、広義のキャッシュレス、狭義のキャッシュレス市場を含めたキャッシュレス決済全体の動向や規模を探るべきであるが、本レポートでは保留した。
その意味で、本レポートで算出するキャッシュレス比率は、カード決済比率と言い直したほうが実態に近く、本来のキャッシュレス比率(広義・狭義)を網羅しているものではないことをお断りしておく。
2.2017年の国内キャッシュレス決済市場は約79兆4,518億円
2017年の国内キャッシュレス決済額は約79兆4,518億円と推定される。
■内訳
①クレジットカード決済額 58兆3,711億円
(日本のクレジット統計2018より引用)
②デビットカード決済額
9,966憶円(推定値)
(2016年度の日本のクレジット統計データ、日本銀行データ等を参考に推定値を算出)
③プリペイド・電子マネー決済額
20兆841億円(推定値)
(金融庁データ・日本資金決済業協会調査データ等を参考に推定値を算出)
3.2017年の国内キャッシュレス決済比率は約26.9%
2017年度の国内キャッシュレス決済比率は約26.9%と推定する。
その算出式は以下の通りである。
●分母 2017年、キャッシュレス決済額
79兆4,518億円……①
●分子 2017年、国内家計最終消費支出額
295兆2,700億円……②
(総務省統計局 家計調査より)
●算出式 ①÷②=26.9%
(国内キャッシュレス決済比率)
4.2017年、キャッシュレス決済カテゴリー別動向
(1)クレジットカード決済58兆3711億円 の市場動向
キャッシュレス決済を牽引してきたクレジットカードの信用供与額(決済額)の過去3年間の推移をみると、平成15年で49兆8,341億円、平成16年では53兆9,295億円、2017年には58兆3,711億円と各前年比で平均約8%前後の成長を遂げている。
この成長を支えている要因として、EC取引(物品・サービス等)の拡大、ネット事業者など新規参入、利用対象の拡大と利用額の増加、決済代行会社の台頭による中小零細事業者などの加盟店拡大などが挙げられよう。
(2)デビットカード決済9966憶円の市場動向
2017年「日本のクレジット統計」によると、デビットカード決済額は2015年で7,779憶円(J-デビット:4,158憶円+ブランドデビット:3,621憶円)、2016年には8,922憶円(J-デビット:4,062憶円+ブランドデビット:4,860憶円)とブランドデビットの決済額が大きく伸びたことが分かる。
2017年の統計がないため、過去2年間のブランドデビットの平均成長率を前提に以下のように算出をした。
J-デビット 3,940億円・……①
ブランドデビット 6,026憶円……②
2017年デビットカード市場規模
①+②=9,966憶円(推定)
急成長するブランドデビット(2018年現在、Visa系で23金融機関、JCB系では27金融機関がブランドデビットカードを発行しており、都市銀行、地方銀行、流通系銀行、ネット系銀行が参加、種類も60種類を超えている)ではあるが、世界のデビットカードと比較すると決済額、決済比率共に極端に低くキャッシュレス決済比率停滞の大きな要因となっている。
(3)電子マネー・プリペイドカード決済20兆841億円の市場動向
1982年にテレホンカードが登場、その後栄枯盛衰を繰り返し、電子マネー・プリペイドカードは約24兆円を形成してきた。
金融庁データ(日本資金決済業協会HPより)によると、2017年(平成29年度)の前払式支払手段の発行額は23兆7,428億円、回収額(利用額+未償還額)では23兆6,493億円と発表された。
本レポートでは、回収額から未償還処理と紙型の支払手段(商品券やギフト券等)を除いた電子マネー・プリペイド決済額を約20兆841億円と推定した。
ただし、電子マネー・プリペイドの購入・チャージに際してクレジットカードを利用している場合もあり、ダブルカウントを考慮すべきであるが、信頼されるデータがないため、重複のまま算出をした。
2015年~2017年の前払支払手段の回収額の推移をみると、約23兆9,100円⇒約23兆6,600億円⇒約23兆6400億円と伸び悩んでいるが、遊技関連の決済額(9兆円~10兆円:推定)を除して推移をみると、13兆9,100億円⇒14兆4,600億円⇒14兆6400億円と、遊技以外の分野では微増傾向であったことが推測される。
特に分野別では、発行専門会社、流通小売業、運輸交通業、クレジット業関連、ソフトウエア業関連がそれぞれ増加傾向を示している。
また媒体別の決済額、特にIC型とサーバ型の合計額の推移は、遊技関連決済額を除いて増加傾向を示している。
4.今後のキャッシュレス決済市場を展望する
2018年以降の5年間における日本社会・経済動向のトピックを挙げてみると、消費税の10%の増税、ラグビー世界大会、東京五輪・パラリンピックの開催、少子高齢化の進展、団塊の世代(消費の中心軸)が75歳代に突入など就労者人口の構造的変化、AIやフィンテックなどイノベーションがさらに進化など個人消費、決済動向に結びつく要因が並ぶ。
(1)今後5年間のキャッシュレス決済比率の推移予測
2018年から2022年までのキャッシュレス決済比率の推移を算出すると以下になる。
(2)決済カテゴリー別のキャッシュレス決済市場
①今後5年間のクレジットカード決済の市場規模予測
2017年まで過去3年間の決済額の推移は平均前年8%を超えている。2018年以降も特にEC市場の進展など現在の成長を妨げる要因は見当たらず、加えて消費増税対策(ポイント付加、端末機補助など)、東京五輪・パラリンピックなどを考慮すると2022年まで、前年比8%を超える成長が見込まれる。
2017年の決済総額58兆3,711億円が5年後の2022年には86兆3,916億円が見込まれる。
クレジットカード決済に限定して、家計最終消費支出における決済比率をみると、2017年で19.8%、2020年で24.9%、2022年には28.3%と、米国やオーストラリアと比肩する可能性が出ている。
②今後5年間のデビットカード決済の市場規模予測
日本のキャッシュレス化を促進しようとするなら、デビットカードの本格的な拡大を図らなければ実現は難しい。
当面は、銀行のATM設置・運用コストの軽減化などから、ATMの統廃合、委託、共同運用などを進めるツールとして、ブランドデビットカードを導入・活用しようとする動きが活発になると思われる。
一方、消費増税緩和策の一環であるポイント還元に関して、ブランドデビットカードが対象となれば、会員数、利用額も増加する可能性が出てくる。
いずれにしてもブランドデビットカードが牽引して、暫くは前年比10%前後の成長が予測され、2017年決済額9,966憶円が2022年には1兆6,809億円が見込まれる。
③今後5年間の電子マネー・プリペイドカード決済の市場規模予測
電子マネー・プリペイドの過去3年間の決済総額はほぼ横ばいであるが、遊技ICカード関連の決済額が9兆円~10兆円と大きなシェアを占め、他の分野が増加しても吸収されてしまうため、増減傾向が表に表れにくい状況になっている。IC型・サーバ型電子マネー・プリペイド決済は堅調に推移する一方で、遊技業界の動向にもよるが、全体の決済額を大幅に押し上げるまでには至らないと予測される。
ただしプリペイド型スマホQRコード決済の急増や給与デジタルマネー(ペイロール)の開放が予定されており、実現すれば大きな後押しになる。
2017年の決済額20兆841億円が2022年には24兆3,406億円になると見込まれる。
個人の決済(家計消費)を対象にした狭義のキャッシュレス決済比率を予測すると、個人の口座振替(自動振替など)・支払送金などを10%~20%とすれば、日本のキャッシュレス決済市場はすでに40%前後を占めていると思われる。今後のキャッシュレス市場・社会を考える上で注目するのは以下の2点である。
①スマホQRコード決済の行方
②中銀デジタルマネー・金融機関デジタルマネー(仮想通貨)の行方