安全安心なキャッシュレス社会実現のために

2019年4月3日8:00

2018 年は、過去にないほど“ キャッシュレス” というキーワードが話題となった一年だった。そこで、国内のキャッシュレス化の現状と課題、安全安心なキャッシュレス社会の実現に向けての方向性について、決済サービスコンサルティング 代表取締役 宮居雅宣氏に解説してもらった。

決済サービスコンサルティング株式会社 代表取締役 宮居雅宣

1. 日本のキャッシュレスは遅れているのか

キャッシュレスビジョンによると日本のキャッシュレス比率は約18.4%で、他国より遅れているという。経済産業省は家計の最終消費支出に占めるクレジットカード、デビットカード、IC型電子マネーの合計額をキャッシュレス決済比率と定義して他国と比較し、10年後には倍の40%を目指すとのKPIを掲げている。

しかし資金決済業協会が公表している前払式支払手段の年間利用額は約24兆円であり、これを加味すれば前述の18.4%は27.2%となる。また、キャッシュレス決済比率が54.9%という英国のキャッシュレス決済比率には”Direct Debit”なる支払方法が含まれているが、これは日本でいえば「口座振替」であり、口座保有率96%の英国に対して98%の日本のキャッシュレス比率に口座振替を含めるとキャッシュレス決済比率はかなり向上するものと思われる。実際に金融庁が2018年11月の金融審議会の金融制度スタディグループで提示した参考資料には、3メガバンクに係数を出してもらった結果として、現金による支払いは45.6%程度との数値が出ている。これらの数値を根拠として、決して日本のキャッシュレス決済率は低くないという意見も散見されるが、では実際に街に出るとどこの店でもクレジットカードや電子マネーが使えるかというと、そうでもない。都市部にせよ地方にせよ、大手チェーン店ではクレジットカードや電子マネーが使える一方で、都市部でも中小規模小売店ではやはりまだキャッシュレス決済が利用できない店舗は多い。

現金は日本銀行が日本銀行券を刷って金融機関の本店に渡り、そこから全国津々浦々の支店に分配され、さらに小売店のレジに移され、一日が終わると勘定を合わせて夜間金庫に入れられる。高額の現金が移動する度に警備会社などが安全に現金を運ぶほか、各者が各工程で帳簿と現金の突合管理を行い、管理簿に入力して管理している。消費者も、給与口座から現金を引き出して買い物し、お釣りを財布に入れてレシートの情報を入力して管理する。これらはすべてデジタル化可能な情報であり、金融機関にあるデジタル化した価値データをわざわざ現金に置き換えることなく、そのままデジタルで処理すれば現金を運ぶコストや帳簿に記録し現物突合する手間やコストなどの社会コストは大幅に削減でき、小売店従業員の業務負荷も軽減することができる。そう考えると、まだまだ現金でしか支払うことのできない店や売場が多い日本は、多少計数の大小はあれどやはりキャッシュレス化が遅れている国であると言わざるを得ない。

2. 端末代と加盟店手数料の高さがキャッシュレス化遅延の原因なのか

首相官邸が主催する未来投資会議の第1回「FinTech/キャッシュレス化会合」に経済産業省が提出した資料には「加盟店キャッシュレス導入の阻害要因」として加盟店手数料の高さと端末導入費用の高さの2点がクローズアップされている。しかし、この根拠となった経済産業省の「キャッシュレスビジョン2018」にある観光地の140店舗がクレジットカードを導入しない理由のアンケート結果は、1位こそ「手数料が高い(42.1%)」が挙げられているものの、2位は「導入メリットを感じない(35.7%)」、3位は「現場スタッフの対応が困難(32.1%)」、4位は「クレジットカード決済を希望する声が少ない(29.3%)」で、「導入費用が高い(25.7%)」は5位である。複数回答のパーセンテージを見ても2位と5位の間には10%の差があり、2大阻害要因として端末代を挙げるのは少し無理があるように見える。ただ、キャッシュレス未導入の小売店にアンケートを取ると、端末代と手数料が問題となる傾向はさまざまなアンケート調査で見られるので、違和感を感じる人は少ないようだ。しかし、キャッシュレスを導入していない店に「なぜ導入しないのか?」と質問し、回答欄の選択肢に「端末代が高いから」「手数料が高いから」との理由が並んでいれば、そこに丸をつけるのは当然の行動といえる。実は2018年11月に実施したあるアンケートでは、同じように全国の小規模小売店約750店にキャッシュレスを導入しない理由を聞いた後に、どれほど真剣にキャッシュレスを検討したことがあるかとの設問を入れたところ、実に「端末代が高いから」「手数料が高いから」と答えた回答者の6割以上が「あまり検討したことがない」と答えた。中には「では何%なら導入するか」との設問に対して「5%」とか「10%」と答えた店もある。キャッシュレスについて全く考えていない店が「なぜか?」と聞かれて「高いから」とそれらしい回答を選んでいると考えられる。だとするとその2点をやり玉に挙げて叩いても、真因でないならキャッシュレスは進まない。実際に、端末を無償配布しても、手数料をゼロにしても、加盟店が増えなかった事例もある。

2012年5月、ソフトバンクは米国の決済サービス「PayPal(ペイパル)」と国内で合弁会社「PayPal Japan」を設立し、小売店向けのスマホ決済端末「PayPal Here」を展開した。記者発表会で登壇したソフトバンクの孫正義代表取締役社長は「日本はカード決済後進国。導入コストが高く、代金回収期間が長く、決済手数料も高い。PayPal Hereを徹底的に配りまくって一気に店舗数を100万店、200万店に増やす。」と語り、本当に実質無償で端末を配布した。しかし加盟店獲得は伸びず、2016年3月にPayPal Hereは日本から撤退する。IC対応が問題になったと見る向きもあるが、米国PayPal Hereは接触ICにも非接触ICにも対応しており、IC対応が問題では無さそうだ。少なくとも端末を無償配布したのに加盟店が増えなかった事例といえる。

PayPal Hereは加盟店手数料が3.24%だったが、ゼロ%でも加盟店獲得が伸びなかった事例もある。

2018年の夏に「決済革命」と発表して加盟店手数料ゼロ%が話題となったLINE Payは、実は2014年12月にサービスをスタートした時から「月間取扱高100万円以下の加盟店の手数料はゼロ%」である。しかし2014年12月から2018年夏までの約3年半の間にLINE Pay加盟店が増えた印象は残念ながら無い。それどころか2014年12月に「加盟店手数料ゼロだ!」と大騒ぎになった事実がすっかり忘れ去られている。加盟店手数料をゼロ%にすれば加盟店が増える訳ではない事例といえる。

PayPal Here 記者発表資料
出所)「ソフトバンクとPaypal の 戦略的提携について」より(ソフトバンク)

 

なおLINE Payは決済革命を発表した2018年8月からは「LINE Pay店舗用アプリ」「LINE Pay据置端末」「プリントQR」導入店舗を対象に「3年間手数料ゼロ%」に条件変更し、非接触IC決済で提携したQUICPayの利用箇所数(端末台数)も数えて現在は100万箇所に到達している。TVコマーシャルも積極的に展開し、WeChat Payと提携したり、還元額5,000円を上限に利用額の20%を還元したりなどの施策を打ち出し、日本のキャッシュレス化の一翼を担う勢いを見せている。

2014 年12 月のLINE Pay 料金表
出所)当時のLINE ニュース
2018 年8 月以降のLINE Pay 料金表
出所)当時のLINE Pay サービス紹介サイト

 

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