2021年3月9日
引き続きキャッシュレス決済は活況も不正利用対策が課題に
新型コロナウイルスの影響によるステイホームも追い風となり、通販・EC 市場は 安定成長が続く。2019 年から2020年にかけての業界売上高は8兆円をゆうに超え、巣ごもり需要を受けて有店舗企業におけるEC比率も拡大している。テクノロジーの進化によりライブコマースやオンライン接客も加速し、インバウンドの消滅で越境ECへの機運が上昇中だ。キャッシュレス決済サービスは引き続き盛んなものの不正利用も相次ぎ発覚し、ニューノーマル時代に向けてより強固なセキュリティ対策が求められている。
通販研究所 渡辺友絵
コロナ禍の外出自粛もあり安定成長
アマゾンを筆頭に伸長し9兆円市場も射程内
(公社)日本通信販売協会(JADMA)が毎年8月に発表する調査では、最新の集計となる2019年の通販・EC 市場売上高(物販)は前期比 8.2%増の 8 兆 8,500 億円と拡大した。21 年連続の成長で、金額ベースでは 6,700 億円の増加だったものの、伸び率は前年に比べて 0.1 ポイント下回った。直近の数値は2021年1月に公表された業界紙2紙によるもので、2020年における業界規模は「日本流通産業新聞」が前期比8.3%増の8兆8,480億円(売上高は上位520社合計、増減率は前年と比較可能な182社での算出数値)、「通販新聞」が同4.6%増の8兆382億円(売上高は上位300社合計)だった。アマゾン(日本事業)を筆頭とするネット通販企業をはじめ、家電通販企業や日用品を扱う企業などの増収が市場の伸張につながった。新型コロナウイルスによるステイホームで通販・ECの需要は伸び続けており、9兆円市場も射程内に入ってきたといえよう。
巣ごもり消費で家電や衣料品・雑貨などの有店舗企業が躍進
ネットも主戦場とみなしEC展開へと舵をきる
市場全体をみると独走を続けるアマゾンだけでなく、コロナ禍で需要が増した日用品や衛生用品をはじめ、巣ごもり状況で必要となる食料品や飲料、家具や家電などの商材が軒並み好調だった。中でも家電の伸びが目立ち、ランキング3位で通販専業のジャパネットたかたが前期に続き2,000 億円超えを達成したほか、実店舗を有する家電通販企業も大きな伸びを示した。
2020年で特筆すべきは、消費者の購買行動がリアルからネットへとシフトしたため、有店舗企業の多くがネットを主戦場とみなしてEC展開に舵をきったことだ。ユニクロやニトリといった衣料・雑貨系企業や百貨店、家電店、メーカー直営店などがこぞってECを強化。店舗と連動させ、さまざまな手法を駆使してユーザーへのアプローチに取り組んだ。
家電を扱う有店舗企業では、7位にランクインしたビックカメラの成長が目立ち、2020年8月期売上高は前期比 37.5%増の1,487億円と大幅に伸びた。決算期が緊急事態宣言期間を跨いだためクーラーや冷蔵庫、パソコンなどの需要が高かったことや、店舗客へのEC誘導施策が奏功した。9位のヨドバシカメラをはじめ、上新電機やヤマダ電機など3月期決算の企業ではまだコロナ禍による特需結果は不明なものの、送料無料や当日・翌日の迅速配送といったサービスが奏功し躍進したとみられる。
13位のユニクロは前期比29.3%増の1,076億円と3割近い伸び率で、ステイホーム中の日用衣料ニーズが高いことを示す形となった。EC売り上げ構成比は前期の9.5%から13.3%へと上昇し、中でも巣ごもり消費時期に当たる下期は前年同期比 54.7%増と大幅な伸びを達成している。無印良品を手がける良品計画やニトリのEC売上高も、デスクや椅子などの家庭用オフィス商品をはじめ、キッチン用品や収納用品、食品などステイホーム関連商材が好調で2桁増を果たした。
その一方で、カタログを発行する総合通販専業企業には減収が目立った。14位のベルーナや15位のディノス・セシールをはじめ、千趣会、ニッセン、フェリシモといった老舗企業の売上高が軒並みマイナスとなった。各社ともECを強化しているものの、さまざまな企業の参入で膨張するEC市場での売り上げ維持は容易ではないようだ。
ECモールでは新サービスが活況でM&Aも加速
消費者が非対面を求め「置き配サービス」が急拡大
ECモールでも新たな動きがあり、新サービスの導入やポイントの統合、M&Aなどが目立った。ZOZOは2020年3月、足のサイズを立体測定できる「ZOZOマット」を武器に、靴の専門サイト「ゾゾシューズ」をオープン。“試着できる靴”としてサイズ不安を解消し、将来は同サイト単体で1.000億円の取り扱いを目指すとしている。KDDIとauコマース&ライフは5月にECモールの名称を「au Wowma!」から「au PAYマーケット」に変更し、従来の「au WALLET ポイント」を「Pontaポイント」に一本化した。ローソンなどの実店舗とECモールとの連動を進め、au経済圏での流通活性化につなげる。楽天は10月、ECサイト「楽天ファッション」内にラグジュアリーブランドやデザイナーズブランドの商品を扱う専門サイト「楽天ファッションラグジュアリー」を開設。ファッション領域を強化し、より幅広い客層へのアプローチにつなげる。
コロナ禍にあってもM&Aの動きは引き続き盛んだった。靴のECサイト「ロコンド」を手がけるロコンドは、婦人靴企画・販売のミスズアンドカンパニーを3月に吸収合併したのに加え、5月にはワールドが保有するファッションウォーカーの全株式を取得すると発表。ECサイト「ファッションウォーカー」を通じて衣料品と顧客基盤の強化に乗り出している。健康食品を通販・ECで手がけるユーグレナは12月、ファンドなど2社とともに老舗健康食品通販企業のキューサイの買収を発表。キューサイの通販ノウハウとユーグレナのベンチャー精神を融合させ、さらなる成長を目指すという。
大手カタログ通販企業にも相次ぎ動きがあり、千趣会は9月、JR東日本を筆頭株主とした資本業務提携を行うと発表した。商品開発やマーケティングなどのノウハウを共有し、EC事業の拡大や駅ナカ店舗の活用などを狙う。ディノス・セシールは11月、セシール事業を売却し、家電量販店大手のノジマ傘下のニフティに同事業の全株式を譲渡することを明らかにした。大手通販企業同士の初合併として2013年にスタートした同社も、押し寄せる時代の波には逆らえなかったようだ。
通販・EC利用者の拡大により宅配便個数が膨らむ状況下で、急速に広がったのが「置き配サービス」だ。もともとは国や業界による再配達やCO2排出量の削減に向けた施策だったが、コロナの影響で“非対面”を求める消費者が増えたことが追い風となった。楽天やアマゾン、日本郵便、ヤマト運輸などが推奨するYper社の置き配専用折りたたみ式バッグ「OKIPPA(オキッパ)」を活用し、アプリ通知と連動させることで利用者が急増した。配送については、「楽天市場」で送料無料となる購入金額を税込3,980円以上に統一するという楽天の施策も話題にのぼった。強制だとする出店側の反対や公正取引委員会からの緊急停止命令もあり、全店舗への一律導入は見送ったものの大きな注目を集めた。
テクノロジー活用で拡大するライブコマース
個別対応のオンライン接客も増加
テクノロジーを活用したさまざまなネット販売手法はこの数年活性化していたが、外出自粛の影響により2020年は一気に広がった。各社がこぞって導入したのがライブコマースで、インスタグラムなどに加え、専用ツールを活用したオンライン接客が活況となった。
コロナ禍で売り上げが激減した百貨店では、販売員によるライブ接客に乗り出す動きが見られた。三越伊勢丹は5月から、チャット機能と zoomの動画を通じた ワン・トゥ・ワンでの対応に着手。LINE で事前予約を行い、ランドセル購入希望客の個別ライブ接客を実施した。さらに一歩すすみ、11月には販売員がチャットなどを通じて個別接客できる「リモートショッピングアプリ」を開発・導入するなど、ワン・トゥ・ワン販売を本格化した。小田急百貨店も8月、視聴者とワン・トゥ・ワンで対話できる接客特化型のライブコマースをスタート。接客を希望する顧客が“挙手”機能を使い販売員と画面越しに直接会話ができるもので、顧客の顔は配信者側にしか表示されない仕組みとなっている。
このように、2020年に目立ったのは不特定多数のユーザーに接客する形ではなく、ワン・トゥ・ワン形式で個人にオンライン接客を行う手法の導入だ。トランスコスモスは、欧米でナイキなど多くのブランドが活用する個別接客用のショッピングアプリ「HERO(ヒーロー)」の提供に力を入れており、ボディコスメを扱う企業などがすでに活用している。
有店舗企業では店舗とネットをテクノロジーでつないでECへと誘導する手法が話題を呼び、ユーザーへの訴求度を高めた。ユニクロは2020年6月、原宿と銀座にリアルとバーチャルを融合させた最新型の店舗を相次ぎオープン。自社のコーディネートアプリ「スタイルヒント」を活用した専用売り場を設け、コーディネート提案やオンライン購入につなげている。両店舗の専用売り場では壁一面に多くの着こなしディスプレイが並び、アプリから投稿された人気コーディネート画像を各画面で表示。欲しい商品をタッチすると、同じ商品や類似商品の店内陳列場所が表示され、実物を確認してそのままアプリで購入できる仕組みとなっている。
家具販売大手のイケアも4月、手軽に買い物体験などができる「イケアアプリ」の配信を開始した。6月と11月には、EC連動を重視したコンパクトな都心型小型店舗を原宿と渋谷に連続オープン。店舗に在庫を置かない大型商品をネット購入専用のタグを付けて展示し、来店客に商品を確かめてもらったうえでアプリを通じた購入につなげる。
インフルエンサーが存在感示した「独身の日」
インバウンド消滅で越境ECに活路
経済産業省が2020年7月に発表した「令和元年度電子商取引に関する市場調査」によれば、日本・米国・中国の3か国間における越境ECの市場規模はいずれの国の間でも増加した。中国消費者による越境EC購入額をみると、日本事業者からは1兆6,558億円(前年比7.9%増)、米国事業者からは2兆94億円(前年比16.3%増)と昨年に引き続き伸びている。
中国で毎年恒例となっている11月11日の「独身の日」で、2020年はアリババグループが過去最高の流通総額となる4,982億元(約7兆7,700億円)を達成した。これまでは1日だけだったが、同年は11日間にわたり行われたこともあり、2019年に記録した2,684億元(約4兆1,800億円)の2倍近くにまで伸びた。
中国のEC プラットフォーム事業はアリババが 2019 年に国内大手 の Kaola を買収したため、現在は国内シェアの 50%以上を占めている。大手のJD.comが2位と続くが、2015年設立のPinduoduo も SNS を取り入れたソーシャル型 EC として3位に入るなど急成長中だ。中国では、SNS 上で多くのフォロワーや大きな影響力を持つKOL(Key Opinion Leader)と呼ばれるインフルエンサーの存在が大きい。彼らが動画やライブコマースで紹介した商品を視聴者が購入する購買行動が年々高まっており、「独身の日」でもKOLたちが牽引役となって話題をさらった。
日本企業ではユニクロ、SK-II、資生堂の3社がそれぞれ売上高10億元(約156億円)を突破し、ヤーマンや花王も売り上げを伸ばした。化粧品や美容用品、日用品の売り上げが従来にも増して増加した背景には、中国人消費者が2020年には訪日旅行による買い物ができなかったという事情もありそうだ。
日本では、コロナ禍によるインバウンドの消滅で店舗やメーカーが越境ECに活路を見出し、参入への機運が上昇している。越境ECは2008年頃に「第一次ブーム」、2014年頃に「第二次ブーム」が到来したが、2020年以降は従来のインバウンドによる爆買いなどがECへと転換し、「第三次ブーム」が起こるのではないかとの期待もあるようだ。参入を目指す企業をサポートする事業も活性化していて、マーケティングから始まり、SNSを通じたくちコミ生成、KOL活用、カートやアプリ提供、物流サービスなどさまざまな支援を手がける事業者が増えている。中国検索最大手のBaidu(バイドゥ)も2020年8月、中国向け越境ECプラットフォーム「百分百(バイフンバイ)」を本格的にスタートさせた。中国大手ECモールへの出店にはハードルが高い中小事業者やCtoCを手がける個人でも、低コストでチャレンジしやすい仕組みになっている。中国で約9割のシェアを持つ同社の検索エンジンを活用し、広告連動による強みを発揮できるという。
また「第三次ブーム」においては、競争の激化が予想される中国に限定せず、EC率が伸びている東南アジアやヨーロッパ、アメリカなどに注目していく必要もありそうだ。中でもロックダウンが実施されている欧米では巣ごもり需要が活発で、買い物による“リテールセラピー”を求める動きが高まっている。今後は日本の事業者が各国の消費傾向などを分析して商材を選定し、中国以外の市場に打って出ようとする動きが進むと思われる。
通販・ECサイトでも導入が進むスマホ決済サービス
「ドコモ口座」やゆうちょ銀行では不正利用が相次ぎ発覚
2019年は各社がスマホアプリや電子マネーによるキャッシュレス決済事業に次々と参入したが、2020年はそれもほぼ一段落し、やや落ち着いた様相を呈した。ただ、次段階の取り組みとして、ユーザーや加盟店・事業者向けに既存のスマホ決済に新たなサービスを追加する動きが目立っている。
「LINE Pay」は2020年12月、「LINE」を通じて簡単に支払いができる新サービス「LINE Pay支払いリンク」を加盟店向けに本格スタートさせた。主に中小事業者がターゲットで、LINE公式アカウントと連携すればECサイト立ち上げから販促、接客、決済までを一気通貫でできるようになる。2021年7月末まで初期費用・決済手数料が無料で利用できるようにし、コロナ禍で営業自粛や売り上げ減少に悩む実店舗のオンライン移行ニーズを見込む。
PayPayは店舗事業者への導入が先行していたスマホ決済サービス「PayPay」を通販企業やEC事業者にも浸透させる取り組みを強化し、外部サイトへの提供を本格化した。ネット通販ではジャパネットたかたやビックカメラ、ヤマダ電機など主要な家電系通販をほぼカバーしたほか、グループの「ZOZOTOWN」をはじめ、「ロコンド」などのファッションモールや「アディダス」、「タカシマヤオンライン」など幅広いサイトへと進出している。また12月には、セブン-イレブン・ジャパンの「セブン-イレブンアプリ」にも「PayPay」を搭載。アプリ画面上に「PayPay」の支払いバーコードが表示され、全国のセブン-イレブンで利用できるようになった。
9月にはキャッシュレス決済とマイナンバーカードの普及を目指し、マイナンバーカード保有者を対象に総務省の「マイナポイント」制度が始まった。クレジットカードやスマホ決済などのキャッシュレスサービスを使って買い物やチャージをすると、5,000円分を上限に利用額の25%に当たるポイントが還元される。ポイントは利用者が申請時に選んだ1つのキャッシュレス決済限定で付与されるため、サービスを提供する各社は競って広告キャンペーンを展開した。当初は2021年3月末までの予定だったが、政府は9月末まで延長するように調整中と伝えられている。
ただ、キャッシュレス決済が普及する一方で2020年も不正利用が発覚し、勢いに水を差す形となった。8月には、NTTドコモの電子マネー決済サービス「ドコモ口座」からの不正な預金引き出しが相次いだことがわかり、業界は騒然となった。「ドコモ口座」と連携するメガバンクなど35行のうち、複数の地方銀行やゆうちょ銀行、イオン銀行など11行で不正引き出しが確認された。本人確認する際にNTTドコモのセキュリティ体制が不十分だったことが主な原因で、犯人は被害者になりすましてドコモ口座を開設していた。メールアドレスのみでアカウントを作れる仕組みのため、フリーアドレスなどを使い他人名義のアカウントをいくらでも作れるようになっていたという。不正入手したキャッシュカード暗証番号などの情報と銀行口座を連携させ、不正に開設した「ドコモ口座」にチャージする手口で、同社の認証に関わる脆弱さを突かれた形となった。被害に遭った銀行側についても、なりすまし防止のための「2段階認証」が未設定だったなどセキュリティ対策の甘さが指摘された。
さらに、ゆうちょ銀行では「ドコモ口座」による被害が発端となり、その後もキャッシュレス決済サービスを悪用した貯金口座からの不正引き出し被害が明らかになった。「ドコモ口座」をはじめ他社のキャッシュレス決済と紐付いたゆうちょ銀行の「即時振替サービス」が悪用され、貯金口座からの不正引き出しが相次いだ。また、ゆうちょ銀行のプリペイドカード付きデビットカード「mijica」でも、会員間の不正送金など多くの不正利用が新たに浮上した。会員の個人情報が盗まれたり、知らないうちにカードが作られ買い物に使われたりした疑いがあることも確認された。
NTTドコモやゆうちょ銀行のこういった不祥事では、システム面への基本的な攻撃対策が脆弱だったという問題に加え、被害報告を長期間放置していたことも明るみに出た。キャッシュレス決済についてユーザーに不信感を与えたという事実は否定できず、今後は業界を挙げてさらなるセキュリティ対策やコンプライアンス向上に取り組むことが喫緊の重要課題となりそうだ。
※カード決済&リテールサービスの強化書2021より