2016年5月11日7:01
「Finance(ファイナンス)」と「Technology(テクノロジー)」を合わせた造語であるFintech(フィンテック)が注目を集めており、国内でも大手金融機関からベンチャーまでさまざまな企業を巻き込んで取り組みが行われている。そこで、国内のFinTechを取り巻く現状と注目分野について、SBクリエイティブの松尾慎司氏に解説してもらった。
SBクリエイティブ ビジネス+IT事業室 編集チームリーダー 松尾 慎司
FinTechがなぜ注目を集めるのか
2015年は、金融とITを融合した「FinTech(フィンテック)」旋風が吹き荒れた1年だった。官民を巻き込んだ大論争が巻き起こり、メガバンクのトップでさえも、こうした“バズワード”を口にした。
『イノベーションのジレンマ』で有名なMITのクリステンセン教授の言葉を借りれば、「銀行のビジネスモデル自体が現実的ではない」時代に突入したといえそうだ。
世界各国の金融緩和で金利は大幅に低下。今や日本でも「マイナス金利」が現実のものとなり、銀行の「お金を集めて、利ザヤをとって貸す」という基本的なビジネスモデル自体が変革を迫られている。
こうした背景に加え、Fintechが躍進するキッカケとなったのは、起点はスマホの普及だろう。これにより、特にリテールの分野では従来から進行していた金融サービスのオンライン化が一気に加速。大手金融機関も、店頭重視だった従来路線の変更を迫られ、スマホアプリ開発に本腰を入れることになった。
データが生成されれば、次にその分析や最適化が可能になる。これまたバズワードとして注目されていたビッグデータや人工知能によるデータ分析技術により、従来の人の手によるアドバイザリーサービスとは一線を画したロボ・アドバイザリーサービスなどが続々と登場した。
融資の分野では、クラウドファンディングが台頭。かつては金融機関や大手資本家のみが可能だった融資業務に、大多数の一般人から資金を調達できる道を開くことで、中央集権的な体制に風穴を開けた。企業や組織が資金を調達する場合、借りるか(負債)、出資してもらうか(資本)の2つが基本だが、その担い手の多様化が進んだ。もちろん、ここでも企業を評価する「与信」にデータが活用され、より正確かつ簡易に融資を実施するためのリスク算定が行えるようになった技術の進展があったことは言うまでもない。
また、貨幣そのものの価値にも見直しがかかっている。1万円札や千円札など、単なる“紙切れ”が価値を持つのは、国や金融機関がその価値を保証する「信用創造」によるもの。ビットコインなどで有名なブロックチェーン(暗号通貨)技術は、国や金融機関などの介在なく、その価値を保証できる技術であり、現在の権力構造を根本から変えうるパワーを持つ。
FinTechは日本の金融を変えるのか
ではFinTechは日本の金融を変えるのか。この疑問に対する答えはイエスであり、ノーだ。
2015年9月にマッキンゼーが、FinTechにより「今後10年間で銀行の収益は40%減少し、利益は60%減少する」という衝撃のレポートを発表して注目を集めたが、こうした脅威論が現実となりつつある米国と日本ではやや趣が異なる。
というのも米国では、1999年に制定されたグラム・リーチ・ブライリー法(GLB法)で、金融関連業務への参入の自由化が本格化。日本でも1996年から2001年にかけて行われた「金融ビッグバン」で規制緩和が行われたとはいえ、米国の規制は日本とは比べものにならないほど緩和されており、さまざまな場面で金利や手数料の自由化が行われている。
一方、日本では金融庁によるさまざまな規制が依然として存在。経済の動脈を担う金融機関には、一見すると膨大なムダとも思えるほどの重い制約が課されている。つまり、日本の金融機関は、顧客獲得のための戦いと同様に、法規制との戦いを強いられている実情があり、スタートアップ企業や外資が簡単にその中核事業に手を出せる状況にはないといえる。
では、日本ではFinTechが対岸の火事かというと決してそうではない。人口減少などによって市場そのものの縮小、個人ニーズの多様化への対応、他業態からの一部金融事業の参入など、リテール向け戦略は根本から見直しを迫られており、これに合わせた「イノベーション」が求められている。
とはいえ、大手金融機関の中は規制対応と既存ビジネスのマインドが主流。新しいことに挑戦する文化よりも、1円単位で数字を整える正確さ・几帳面さが重視されてきた。
そこで、各社が積極化しているのが、新しい技術やアイデアを持つFinTechスタートアップとの連携や出資、買収だ。伝統的な金融機関もスタートアップの力を取り込むことで、新しい時代のニーズに対応したサービスを充実しようと試みている。
つまり、日本の金融機関にとってFinTechは脅威ではなく、新しいビジネスのチャンスなのである。
政府や関係団体も迅速な動きを見せている。2015年7月には、金融庁が金融審議会に「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」を設置。12月にはその報告が取りまとめられた。10月には経済産業省が「産業・金融・IT融合に関する研究会」を発足させ、大規模な調査を実施している。
また、業界団体が「一般社団法人FinTech協会」を設立。メガバンク、地銀、ネット銀行、ノンバンクに加えて、キャリアやSIerなどが名を連ねており、危機感と可能性は業界全体として感じているようだ。
特に注目されたのが、金融庁が12月14日に設置したFinTechの相談窓口だ。新技術の担い手となるスタートアップからの相談を受け付ける窓口だが、助言にまで踏み込んで、政府が積極的に支援していく姿勢を示したことには、関係者からも驚きの声があがっていた。
今後FinTechはどう変わっていくのか
前述したように、日本でFinTechは既存の金融機関を「破壊」するのではなく、「共創」していく存在となるだろう。
憂慮すべき点は、規制に縛られている日本では、世界の潮流から取り残される「ガラパゴス化」もありうることだ。安全性と客観性、確実性が求められる金融機関だが、日本の品質至上主義が、世界の潮流とマッチしない可能性もある。
大手金融機関の動きが鈍ければ、消費者やスタートアップが見限り、これから登場する新しい越境型サービスに風穴を開けられる可能性もある。
また、法人顧客(ホールセール)分野では世界を意識せざるをえない。金融機関にとっての対法人ビジネスは、すでに戦う舞台を世界に移している。法人融資の分野では、ただ金を出せばよい、というビジネスはとっくに通用しなくなっている。ここで、テクノロジーによる支援基盤が構築されている企業とそうではない企業では、大きな差がつく。
世界を意識しながら、自社のサービス強化や時代のニーズへの対応を迅速に進めていかなければ、今後の生き残りはままならないだろう。
また、現在のFinTech領域をみていると、「銀行」「証券」「保険」という金融の分野の中で、「銀行」と「証券」に重きが置かれているようにみえる。
筆者が気になるのは、残りの「保険」の領域だ。これについては、モノからデータを取得するIoTなどと絡めて、リスク算定の在り方を変える事例も増えてきた。また、保険業法の改正に伴い、より客観的な視点でライフプランニングを実施したうえで、必要な商品を提供することが求められつつある。
窓口での代理販売業もその役割の一端を担うだろうが、そのビジネスモデル上、客観性が確保できるとはいいがたい。ここにFinTechビジネスが勃興する可能性があると感じる。今後は、スタートアップ界隈を中心に、保険大国「日本」だからこそ可能なサービスの登場に期待したい。